5-1-15 ロキアンの悩み2
翌朝。
ロキアン・フェルナンデスは、いつもと変わらない時間に出社した。
コーヒーを淹れ、パソコンを立ち上げる。メールソフトを開いた瞬間、昨夜の出来事が脳裏によみがえった。
自分自身から届いた、あの不可解なメール。
何者かによる悪質ないたずらなのか。それとも、自分の知らないところで本当に何かが起きているのか。
考えれば考えるほど答えは見えず、胸の奥には拭いきれない違和感だけが残っていた。
そんな思考を断ち切るように、新着メールの通知が表示される。
差出人は、また自分自身だった。
件名も昨夜と変わらない。
ロキアンは思わず眉をひそめる。
メールを開くと、短い文章だけが記されていた。
奇妙な差出人:
おはようロキアン。今日も元気そうだな。
「……何なんだ、一体」
思わず独り言が漏れる。
返信する気にもなれず、そのままメールを閉じた。
どうせ相手の思うつぼだ。
そう自分へ言い聞かせるように、ロキアンは業務へ意識を切り替えた。
午前中は会議資料の確認。
昼前には取引先との打ち合わせ。
戻れば契約書のチェックと社内会議。
休む間もなく次々と予定が積み重なり、気づけば奇妙なメールのことなど考える余裕もなくなっていた。
その時だった。
また通知音が鳴る。
画面へ表示された差出人を見て、ロキアンは小さくため息をついた。
奇妙な差出人:
忙しそうだな。少し私に任せてみないか?
「任せる?」
ロキアンは苦笑する。
「冗談じゃない。正体も分からない相手に、何を任せろっていうんだ」
そのままメールを削除し、再び業務へ戻ろうとした。
だが、受信トレイへ新しい報告書が届いた瞬間、思わず肩が落ちる。
問題児として有名な部下からだった。
誤字脱字だらけ。論理も飛び飛び。
しかも最後には、「ご確認よろしくお願いします」とだけ書かれている。
結局、自分が最初から作り直すことになる。
ロキアンは椅子へ深くもたれかかった。
「……またこれか」
頭の片隅で、先ほどの一文がよみがえる。
──少し私に任せてみないか?
「馬鹿らしい」
そう呟いたものの、仕事へ取りかかろうとする手は止まったままだった。
数秒の沈黙。
やがて彼は自嘲気味に笑う。
「どうせ悪ふざけだ。だったら付き合ってやる」
ロキアンはメールソフトを開き直した。
ロキアン:
そこまで言うなら、これをやってみろ。報告書を見直して、フィードバックもまとめろ。
送信ボタンを押した瞬間、自分でも思わず苦笑した。
「何をやってるんだ、俺は……」
だが、その笑みは長く続かなかった。
受信音。
ほとんど間を置かず、新しいメールが届く。
「……まさか」
半信半疑で開く。
添付ファイルが一つ。
ロキアンは恐る恐る開封した。
報告書は完全に整理されていた。
論理の流れは滑らかで、誤字脱字は一つもない。
指摘事項も簡潔で的確。
部下が次に何を改善すべきかまで整理されている。
完成度は高かった。
いや──高すぎた。
「……どうなってる?」
誰かが代わりに作ったという印象ではない。
自分自身が数時間かけて推敲したような文章だった。
言葉の選び方。
指摘の順番。
結論のまとめ方。
どれも、自分の癖そのものだった。
それでいて、普段の自分より一段洗練されている。
ロキアンは画面を見つめたまま、小さく息を吐いた。
「AI……なのか?」
近頃は生成AIを業務へ取り入れる企業も珍しくない。
だが、それだけでは説明がつかない。
ここまで自分の思考を正確になぞる存在など、聞いたことがなかった。
警戒心は消えていない。
それでも、その正体不明の相手に対して抱く感情は、恐怖だけではなくなっていた。
「……少しだけ、様子を見てみるか」
そう呟くと、ロキアンは修正済みの報告書を上司へ転送した。
仕事は驚くほど順調に片付いていく。
その一方で、彼の心には新たな感情が静かに芽生え始めていた。
この”もう一人の自分”は、次に何を見せてくれるのだろうか、と。
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