5-1-13 魔法の遺物
呪いの霧が跡形もなく消え去ると、堂内は静寂に包まれた。
三人はその場へ座り込み、荒くなった息を整える。
ようやく現実感が戻り始めた頃、月奈は手にしたスマートフォンへ視線を落とした。
通話はまだ切れていない。
葉山の声が静かに響く。
「休憩は終わりだ」
労いの言葉はなかった。
「目当ての装飾品を探して持ち帰れ」
その一言だけだった。
美玲が思わず顔をしかめる。
「えぇ……まだやるの?」
肩で息をしながら天井を見上げる。
「これだけ動いたんだから、もう終わりでいいじゃん……」
葉山は少しも間を置かず答えた。
「仕事だ。報酬を受け取る以上、依頼は最後まで完了させる」
その口調は淡々としている。
感情ではなく、仕事として割り切っている声だった。
三人は顔を見合わせ、小さくため息をつく。
誰一人納得はしていない。
それでも、今さら引き返せる立場ではなかった。
美玲が立ち上がり、服の埃を払う。
「はいはい、働きますよっと」
その言葉に月奈と小夜も苦笑しながら立ち上がった。
懐中電灯を頼りに堂内の奥へ進んでいく。
先ほどまで命懸けで戦っていた場所とは思えないほど静かだった。
棚や祭壇には古びた装飾品が並び、金箔の剥がれた仏具や細工の施された小物が埃をかぶって眠っている。
だが、葉山からは一つだけ指示が出ていた。
「派手な物には手を出すな」
美玲が首をかしげる。
「なんで? いかにも高そうだけど」
「目立つ物は足がつく。売る側も買う側も困る」
葉山は簡潔に答えた。
「依頼主が欲しがるのは、そういう品じゃない」
三人は言われるまま、一見すると価値が分からない古びた品を一つずつ確かめていく。
その時だった。
小夜の手が、一つの小箱の前で止まる。
「……待って」
その声に、月奈と美玲も振り返った。
小夜は箱を見つめたまま、小さく眉を寄せる。
「これ……」
指先を近づける。
「さっきの霧と同じ感じがする」
「え?」
「気のせいかもしれない。でも、同じ魔力を感じるの」
月奈はすぐにスマホを耳へ当てた。
小箱の特徴を伝えると、葉山は少しだけ間を置いて答える。
「それだ」
短い返事だった。
「それが依頼品だ」
美玲は小箱を持ち上げ、何度も眺め回す。
「これがお宝?」
拍子抜けしたように笑う。
「こんな地味な箱?」
「価値を決めるのは依頼主だ」
葉山は静かに言う。
「俺たちは運ぶだけだ」
その割り切った言葉に、小夜は小箱を見つめながら呟いた。
「でも……さっきまで感じていた力は、もう消えています」
「それで構わん」
葉山の返事は変わらず簡潔だった。
「契約は回収だ。中身の調査までは含まれていない」
依頼は終わった。
三人は小箱を抱え、寺を後にする。
帰りの車内は行きよりも静かだった。
疲労のせいだけではない。
ほんの数時間前まで他人だった三人は、命を預け合う経験を経て、少しだけ互いの存在を意識するようになっていた。
窓の外では山道の景色がゆっくりと流れていく。
誰も口にはしなかった。
だが、三人とも胸の奥では同じことを思っていた。
ひとまず終わった。
危ない目には遭ったが、なんとか乗り切ることができた。
ようやく肩の力が抜け、張り詰めていた緊張が少しずつほどけていく。
—-
車は山道を下り、高速道路へ入った。
街の灯が窓の外を静かに流れていく。
緊張の糸が切れたのだろう。
後部座席では、月奈、小夜、美玲の三人が、それぞれシートへ身を預けたまま眠りに落ちていた。
まだ幼さの残る寝顔だった。
先ほどまで命懸けで戦っていたとは思えないほど、穏やかな表情をしている。
その時だった。
車内へ電子音が鳴り響く。
葉山はバックミラーで三人の様子を一度だけ確認すると、ハンズフリー通話を受けた。
「……はい」
相手の声は聞こえない。
葉山は前だけを見据えたまま、静かに答える。
「依頼は達成しました。あなたの指示通りです」
しばらく無言で相手の話を聞く。
やがて、小さく息を吐いた。
「次の依頼、ですか」
短い沈黙。
「……承知しました。彼女たちに任せます」
通話が切れる。
車内には再びエンジン音だけが残った。
葉山は後部ミラーへ目を向ける。
安心しきって眠る三人の姿を見つめ、小さく呟いた。
「まだ終わっちゃいない」
その声は誰にも届かない。
車は夜の高速道路を走り続ける。
三人はまだ知らない。
これから日本各地の遺跡を巡り、眠れる魔法遺物を回収する危険な仕事へ身を投じることになることを。
そして、その依頼の先に、自分たちの運命を大きく変える真実が待ち受けていることも。
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