第2話 重さの正体
今日は、別のやつと話していた。
橋本だ。
「お前さ……そのうち彼女できそうじゃないか?」
「それだといいけどな」
「いけるって」
軽く笑う声。
それだけで、少しだけ肩の力が抜ける。
「俺もさ……彼女できたんだ」
「お、マジで?」
「だからさ、いける気がする」
「わかんないけどな」
「いいんだよ、それで」
橋本は、笑ったままそう言った。
橋本とは、時々連絡を取り合っている。
こいつだけは、変なことを言わない。
確かに「疲れた」って言うときもあるけど――
それは、俺も同じで。
押し付けてくるわけじゃない。
ただ、話して。
聞いて。
最後は――
「まあ、大丈夫だろ」
それだけで終わる。
それで、「良かったな」って言って連絡を切る。
それが、普通だった。
そういうものだと思っていた。
でも――
他のやつらは、違う。
話すたびに、重くなる。
切ったあと、少しだけ何かが残る。
言葉にできないまま、
じわっと、沈んでいくような感じ。
「……何が違うんだ?」
ぽつりと呟く。
答えは、まだ出ない。
でも――
橋本と話したあとの軽さだけは、
はっきりとわかっていた。
橋本と話していると、沈まない。
引っ張られない。
ただ、その場で終わる。
それだけのことなのに――
それが、妙に安心できた。
***
橋本と話していた。
「なんかさ……お前と話してると楽なんだよな」
「ああ。俺も」
少しだけ、間があく。
「……あのさ」
橋本が、言いにくそうに続ける。
「他のやつもさ、いいやつなんだけど……疲れるんだよな」
「……マジか。俺もなんだよ」
思わず苦笑する。
「だよな」
「でもさ」
橋本が、少しだけ声を落とす。
「あれって、何なんだろうな」
「……わかんねえ」
「普通に話してるだけなのにさ、終わったあと、なんか残るっていうか」
「あるな、それ」
一瞬、沈黙。
「だからさ……」
橋本が、小さく息を吐く。
「俺、もういいかなって思ってる」
「……距離置くってことか?」
「ああ。こういうの、やめたいなって」
「でもさ」
少しだけ迷うように続ける。
「疲れるからって理由で距離置くのって……それって人としてどうなんだって思うんだよな」
「……それな」
即答だった。
「いいやつなんだよ」
「わかる」
「だから、余計に困るんだよな」
「……わかる」
また、少しだけ静かになる。
その沈黙は、重くない。
ただ、そこにあるだけだった。
「……なんなんだろうな、これ」
誰に言うでもなく、呟いた。
***
ある日、橋本が言った。
「俺さ……彼女と別れたんだ」
「え?」
「でもさ、またいい出会いあると思ってる」
「それな」
自然に、言葉が返る。
「今回の子はさ、単純に合わなかっただけだし」
「次は、ちゃんと合う人と会えるだろ」
「だから、お互い頑張ろうな」
「おう」
橋本は、いつも通りの顔で笑った。
「やっぱさ、いい人と出会いたいよな」
「だな」
「出会いって、自分で作るべきなんかな」
「あるよな、そういうの」
「どっか行ったほうがいいのかもな」
「かもな」
会話は、それで終わった。
重くならない。
引きずらない。
ただ前に進むだけの話だった。
橋本と話したあとは、何も残らない。
頭の中が、ちゃんと静かになる。
***
「あのさ……変なこと言っていいか?」
「何?」
橋本が、少しだけ言いづらそうに続ける。
「いや……最近さ、“お前ばっか彼女できていいよな”って言われて」
「……ああ」
「そのあと、なんか変な空気になってさ」
「変な空気?」
「うまく言えないんだけど……一瞬、ぞわってしたんだよ」
「……」
「“俺だけ取り残されるみたいだ”って言われてさ」
橋本は、苦笑した。
「ありえないって、わかってるんだけどな」
「……あのさ」
気づけば、口が動いていた。
「俺も、ちょっとわかる」
「え?」
「“お前ばっかうまくいってるよな”って言われてさ」
「……」
「そのあと、“どんどん違うところに行くよな”って」
「言われた」
橋本の表情が、少しだけ変わる。
「それでさ」
「なんか……仕事がおかしいんだよ」
「……」
「タイミングがズレるっていうか」
「うまく回らないっていうか」
しばらく、沈黙が落ちる。
「……ありえないよな」
「ああ……ありえない」
「そいつらのせいにしたいわけじゃない」
「俺もだ」
「でもさ……」
橋本が、少しだけ声を落とす。
「なんか……やばい気がするのは、俺だけか?」
一瞬、迷ってから。
「……いや」
首を横に振る。
「俺もだ」
「それとさ」
橋本が、さらに声を落とす。
「そいつらからメッセージ来たあと……めちゃくちゃ重くなるんだよ」
「あ……」
一拍、遅れて頷く。
「俺も」
「だよな」
「なんかさ」
橋本が、言葉を探す。
「乗っかってくるみたいな感じ」
「ああ……わかる」
少しだけ、間。
「……それ」
言葉にした瞬間、
それが“比喩じゃない気がした”。
俺たちは、同時に笑った。
「……これって、確信か?」
「……ああ」
橋本も、同じ顔をしていた。
「そういうことじゃないか?」
また、少しだけ静かになる。
「俺らさ」
「うん」
「こういうの、信じてないよな」
「信じてないな」
「でもさ……」
橋本が、小さく息を吐く。
「なんか、あるらしいな。これ」
「……やばいな」
「やばい」
もう一度、笑う。
さっきより少しだけ、乾いた笑いだった。
「……慈善事業じゃねえんだよ」
「それな」
言葉にした瞬間、
ほんの少しだけ――
軽くなった気がした。
まるで、
まとわりついていた何かが、
ほんの一瞬だけ剥がれたみたいに。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第2話では、
“違和感”が一人のものではなく、共有される形になりました。
同じように感じている人がいる。
それだけで、少しだけ現実味が増してきます。
そして同時に、
「これはただの気のせいではないのでは?」という疑いも生まれます。
ただ――
まだ、何も確定していません。
人間関係の問題なのか、
それとも別の何かなのか。
判断するには、まだ少し早い段階です。




