第1話 他人の重力
「なあ、耕平、お前大丈夫か?」
「まだ、薬飲んでんの?」
「ああ……飲んでないとさ、ネガティブになっちゃうんだよ」
「まあ、無理するなよ。話くらいは聞くけどさ」
「ありがとな」
一拍。
「それより、彼女ほしいな」
「俺もだよ」
軽く笑う。
「耕平、仕事どうなん?」
「トラブル続き。なんか……最近、ずっとこんな感じ」
「そうか」
短く返す。
「広重は?」
「俺?」
少しだけ、間を置く。
「まあ、普通かな。普通にお客様来るし、トラブルもないし」
「いいな」
「皆いい人なんだよ」
そう言って、笑う。
「たださ」
「うん?」
「なんか……そんなに仕事ないんだよな」
「え?」
「来るには来るんだけど……本数少ないんだよな」
――そのときだった。
『まあプログラマーってそんなもんじゃない?』
『でもさ、お前はいいよな』
『俺とは違う』
「いや、やればいいだけじゃないか?」
『どうせさ』
『そうやって言って』
『俺とは違うところ行くんだろ?』
「え?」
『なあ』
『暇だろ?』
『話聞いてくれよ』
『俺の話、聞いてくれないと困るからさ』
「まあ、仕事あったら言ってくれよ」
「ああ、わかった」
そのときは、何も気にしていなかった。
通話を切って、スマホを置く。
少しだけ、考える。
耕平とやり取りすると、疲れるんだよな。何となく。
別にいいやつなんだけど。
早く薬、飲まなくてよくなればいいのに。
良いことがあって、仕事もうまくいって、彼女もできて。
……彼女なんてできたら、少しは変わるかもな。
「あ……高瀬から連絡きてる」
スマホを手に取る。
「今度は何だよ」
メッセージを開く。
「え……こいつも仕事でトラブってるの?」
眉をひそめる。
「意味わからんな」
スクロールする。
「全く金が入らないって……いや、お前の場合、自分で使ってるだけだろ」
小さく息を吐く。
一番稼いでるはずなのに、金が入らないと言っている。
本当に意味がわからなかった。
(鏡、っていうしな……)
(俺もそういうところ、あるのかな?)
「長谷川は……離婚しそう?」
思わず、苦笑する。
「どうしたよ、みんな」
――なんで、俺なんだよ。
気づけば、同じような連絡ばかりだ。
相談。愚痴。トラブル。
「……まあ、いいか」
スマホを置く。
「それより、俺は仕事しよ」
椅子に座る。
「プログラム組み立てて、普通にやるだけだ」
いつも通りに。
「ちゃんとしたの作るしかないし」
キーボードに手を置く。
そのとき――
一瞬だけ、指が止まった。
……何だ?
いつもなら、迷うこともない処理だった。
手が覚えているはずの流れ。
なのに――
なぜか、考え込む。
ほんの少しだけ、
重い。
「……気のせいか」
小さく呟いて、手を動かす。
――さっきの会話の残響みたいに、
「お前はいいよな……毎日楽しそうで」
「お前みたいには、俺はできないからさ」
「……え?」
思わず、声が漏れた。
こいつら、何言ってる?
大丈夫か?
確かに、俺は会社で働いてるわけじゃない。
時間も自由だし、気楽に見えるのかもしれない。
でも――
それは、自分でそうしようと思って選んだだけだ。
やることはやってるし、普通にこなしてるだけだが。
「……何で、そんなこと言われなきゃいけないんだよ」
小さく呟く。
けど、向こうはもう別の話をしている。
まるで――最初から、俺の言葉なんて聞いていなかったみたいに。
「……まあ、いいか」
小さく息を吐く。
こいつらも、色々あるんだろう。
俺にはわからないだけで。
今のところ、俺は平和だ。
だから――気にしないでおこう。
そのときは、まだ“違う世界の話”だと思っていた。
話を聞くと、やっぱり重い。
(……何だ?)
小さな違和感。
でも、理由がわからない。
さっきの会話が、頭の奥に残っている。
消えたはずなのに、ノイズみたいに。
「……気のせいだろ」
そう言って、無理やり思考を切り替えた。
しばらくして、俺はまた話してみた。
「あのさ……なんで俺こんなに相談とか来るんだ?
変なフォロワーも来たんだよな。
怖くなったからアカウント消したんだけどさ」
「それってお前に救ってほしいんだよ」
ぞわっとした。
何で俺が救わないといけないんだ?
意味がわからない。
自分を削ってまで、何で救う必要がある?
それに――何で俺なんだよ。
色々関係があったとしても、やりすぎってあるだろ。
どこまで俺を追ってくるんだ。
小さく息を吐く。
落ち着け。
そんなの、考える必要ない。
救うとか、そういうこと――考えたこともない。
使命?
……は?
そんなわけないだろ。
思わず、乾いた笑いが漏れる。
救うって何だよ。
ありえなくないか?
……いや。
人それぞれ、色々あるのはわかる。
だから、力になれたらって思うことはある。
それくらいなら、普通だ。
でも――
“救う”は違うだろ。
できることをやるだけであって、
自分を削ることじゃない。
そこまでやる理由なんて、どこにもない。
それに。
救うって、どこかで偽善だと思う。
そう思ってるはずなのに。
――じゃあ、何で引っかかるんだよ。
答えは、出ない。
ただ、
胸の奥に、妙な違和感だけが残った。
それは――
消える気配がなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この話は、特別な出来事が起きているようで、
実は誰でも少しは感じたことがあるような違和感から始まっています。
「なんとなく疲れる会話」や
「切ったあとに残る感じ」。
それが何なのかは、まだはっきりしません。
ただ――
気のせいで済ませていいのかどうかも、まだわからない。
そんな段階です。
もし「ちょっとわかるかも」と思ったなら、
それはきっと、この物語の入口に立っているということだと思います。




