68.夜明けに翻る誇りの旗
大失態だ。
敵の罠に嵌まり、こんなところまでおめおめと、おびき出されてしまった。
「申し訳ありません、グレン卿」
最初に罠に嵌まった騎士が、一番責任を感じているようだ。
追っていた敵はどうにか、あらかた捉えることができた。だが、それで何になるのだ。手綱を握る手に、力が入る。また、帝国騎士の名に泥を塗ってしまった。
失意とともに、離宮へと戻るべく、来た道を引き返している。すでに戦闘で腕は痺れ、足も腰も擦れて、痛みが走っている。
「そこまで落ち込むな。敵は捉えたのだ。そう悲観することもあるまい」
そう声をかけても、俺自身がそう思っていないのは、すぐに伝わってしまう。
一晩中馬を駆ったせいで、身体中が泥と汗に塗れ、不快な臭いがする。風もなく、騎士団の旗は力なく項垂れている。
騎士全員に疲労と失意が滲んでいた。勝手についてきた者達もまた、長時間の乱闘と疲労で、口数は少ない。
「さぁ、早く帰って殿下にお会いしなくては。顔をあげよ。誇りを持って殿下の元へ参るのだ」
空元気をふり絞り、下を向く騎士たちの顔を上げさせた。
馬たちが土を踏みしめる音が、静かに響く。もうそろそろ夜明けだ。背後から差し始めた朝日の温もりを感じた。
部下や馬たちの様子を見回していると、ふと声がかかった。
「グレン卿、あちらを見てください」
合図し、全体の行軍を止めさせ、正面を見た。
かなり遠くから、一頭の馬がこちらへ駆けてくるのが見えた。蛇行しながら、小さい土埃が上がっている。
「新手か…?」
騎乗している人間の様子がよく見えない。外套を目深に被り、下を向いている。
「グレン卿、新手にしては…」
「あぁ。様子がおかしい」
その後を、黒ずくめの奴らが、逃げる馬の背を追っている。
時折きらめくのは、矢尻だろうか。馬は見事な月毛。あの走り方。あの頭の下げ方。
「あれは…!」
俺が見つめる先で、外套がずらされた。その途端、見事な髪が露わになった。
陽光の元、輝く銀の髪。そして、彼女を庇いながら矢を払う、あの後ろ姿は…
「…殿下?」
目の前の光景に、一瞬わが目を疑った。
「殿下!ルナリス様!」
思わず叫んでしまった。強く馬の腹を蹴ると、後先考えずに、飛び出した。部下たちもすぐ後に続く。
「旗を掲げよ!」
誇りを持って、高く掲げられたセレニータ帝国騎士団の旗は、疾走の風を受け、これ以上なく力強くはためいている。
「我らの誇りにかけて、殿下たちをお救いするのだ!」
「おおぉっ!」
屈辱で下を向いた騎士団に、再び檄を入れる。
この帝国の次期国王夫妻を害する者たちを、必ずこの手で仕留めて見せる。徐々に速度を上げ、二人に接近する。
「殿下ー!ルナリス様ー!お早くこちらへ!」
声の限りに叫ぶと、こちらに気づいたらしい二人は、全力でこちらに走り寄ってきた。
あのディヴァーノが、限界に近い。
掲げた旗と俺の声で、援軍が帝国騎士団だと悟ったのだろう。このままこちらに来ても、勝ち目がない。
賊共は、くるりと踵を返し、離宮のほうへと走り戻っていく。
「くそっ!逃がさんぞ!」
殿下達を後方へと迎え入れた。
殿下たちが地へ降りた。それを待っていたかのように、ディヴァーノはその場へ力なく頽れた。
「ディヴァーノ!」
背後からルナリス様の悲鳴が聞こえる。だが、殿下もルナリス様も、ご無事だ。
(——ディヴァーノ、よく耐えてくれた)
我らはと言えば、またもや敵の背を追っている。
だが、
「左右から取り囲め。逃がすな!」
先ほどの屈辱を、我々は忘れていない。
兜を投げ捨てた。土が頭へ跳ねるが、気にならない。盾など邪魔なだけだ。必要なのは、剣だけだ。
「はいやっ!」
数名ずつで取り囲み、一人、また一人と確実に命を断っていく。
鮮血が迸り、馬上から身体が崩れ落ちる。振り返る暇などない。
すでに疲労の溜まった腕に、重い痺れが走った。
「次だっ!」
これ以上、不安の種を残さぬように。賊に怯えずにすむように確実に仕留める。
「グレン卿、最後の一人です」
「あぁ。分かっている。行け!」
最後の一人を取り囲み、馬上から地へ叩き落とした。
「ぐあっ!」
後続の騎馬は止まらない。
男の悲鳴が、蹄の音に呑み込まれた。振り返る者はいなかった。
最後の者が動かなくなったとき、誰ともなしに静かに足を止めた。
全軍から地を揺らすような大歓声が上がった。
「仕留めたぞ、我らの勝利だ!!」
歓声は朝の大気を揺らし、地鳴りのように平原の果てまで響き渡った。




