69.赤き贈り物
「急報、急報ー!緊急事態につき、御前失礼いたします!急報ー!」
まだ日が登りきらぬうちから、王宮内に緊急事態を告げる衛兵が走り込んできた。よりによって、セレニータ帝国の連中を襲わせた翌朝に、だ。
「何事です、こんな時間に」
王宮内に連日泊まりこんでいる宰相は、叩き起こされたことへの不満が隠せない。夜着のまま、上にガウンを羽織り、足元は室内履きのまま、眠い目を擦っている。王である私の前だというのに、気が緩み過ぎではないか。
「いいから早く着替えてこい…それから、一刻以内に、全貴族を大広間に集合させよ…」
握りしめた拳がぶるぶると震え、怒りが隠せなかった。失敗した…!
「…はっえっ?一刻以内に全貴族…など不可能です!陛下もご存じのはずでは」
寝ぼけた宰相にも腹が立ってしょうがない。そんなことは分かりきっているが、でもやらねばならんのだ。
「…集合させなければ、我が国は滅ぼされるのだ。つべこべ言わず、早く伝令を出せ!!これ以上時間を無駄にするならば、お前の首を刎ねさせるぞ!」
「っそんなっ!?一体何があったというのですか」
無言で手元の剣を振りかぶると、仰天した宰相は、夜着のまま、兵舎のほうへと走って行った。あやつ、走ることもあるのだな。
意外なところを見つけ、皮肉にも笑いがこみ上げた。
「陛下?こんな朝早くからどうされましたか」
おっとりとした笑みを浮かべるこの女は、何も知らない。知らないが、知らないことは罪である。この国の公妃であるのだから。
「公妃よ、貴様もとっとと支度せよ。いつものようにちんたらと時間をかけるようなことは、許さぬ。最低限の身づくろいをせよ」
「まぁ!なんて悪いお口でしょう。ふふ、わかりましたわ。すぐに支度いたします」
怒鳴っても詰っても、何事もなかったかのように受け流すところが、昔から大嫌いだ。少しくらい、顔を歪めて見せたら溜飲が下がるというのに。ふんわりと笑った彼女は、侍女を呼び寄せ、ゆったりと私室から出て行った。私も身支度を整えねば。呼び鈴で執事を呼び、衣装についてあれこれ指示を出したところで、はたと思いついた。
「…鎖帷子、でございますか?」
「ああ。用心のためだ」
不可解そうな顔の執事はそれ以上は聞かず、深く頭を下げ、下がって行った。
——殺されたら叶わんからな。
そんなことを、口にできるはずもなかった。
◇
「いやぁ、こんな無体を強いられたのは初めてですぞ」
「なんと!貴殿もか。我が家もよ。急に騎士が現れて、失礼にも半刻で登城せよ、などと…」
「さようさよう!まったく、なんて無礼な…!なんだ?」
大広間に一歩入ると、すでに大広間には、セレニータ帝国の旗がはためいていた。シンと静まり返り、思わず口を噤んでしまう。
帝王と帝妃は、まさに国賓にふさわしい堂々たる風格がある。口元には微笑みを浮かべ、うっとりとしてしまいそうな穏やかな雰囲気を醸している。だが。後ろに控える第一皇子を始めとしたものたちの出で立ちは、異様の一言に尽きる。
「…なんだ、あの者たちは」
「土汚れか?昨日は光輝く鎧に身を包み、神々しく見えたものだが」
鼻を突く、ツンとした汗の臭いやどことなく、鉄臭さも感じる。一番異様なのは、第一皇子に抱きかかえられた、色なしだ。
「おい見ろ。裸足だぞ」
「しかもあれ、侍女のお仕着せじゃないのか」
美しい銀髪は縺れ、化粧もしていない。身に着けているのは、使用人が纏うお仕着せではないだろうか。靴も履かず、なんと無礼な者たちだ。
ヒソヒソと隣の貴族と言葉を交わしていると、セレニータ帝国騎士団団長のグレン卿が、こちらを見た。
「っなんと恐ろしい…」
底冷えのするような冷たい視線に、背筋が凍り慌てて口を噤んだ。ざわめくこちらの国と違い、セレニータ帝国側は、微動だにしない。まっすぐに正面を睨んでいる。
「カ、カラーリス公国の国王、お、王妃陛下のお出まし…」
両陛下の入場のファンファーレも合図も、どこか覇気がなく弱々しい。本当に、一体何があったというのか。
「ようやく来たのか、のろま」
玉座に座る前に、無礼にも帝王が口を開いた。今まさに、玉座につかんとしていた陛下の動きが止まった。
「…あぁ、あいすまぬな。待たせた」
王妃陛下が目を見張っている。ざわめきが大広間中に広がった。陛下が謝った。しかも、相手のほうが数段無礼だというのに。おかしい。これはおかしすぎる。
「どうして我らが、ここに来たのか、わかるな?」
帝王は不敵な笑みを浮かべ、帝妃は口元を見事な細工の鉄扇で隠しているが、目元の鋭さは隠しきれていない。
「…ああ。わかる」
「よしよし。では、これを貴殿に差し上げよう。王妃陛下が開けてくださいますよう、お願いいたします」
顔を隠すように項垂れる陛下へと、脈絡もなく帝王から贈り物が贈られた。中身は、何か。王妃陛下へであれば、宝飾品か珍しい布か、ドレス、その他の珍品か。大広間中の目線が、その箱へと釘付けになった。
真っ赤なその箱は、異様な雰囲気を放っている。
侍従経由で箱を受け取った王妃陛下は、一瞬嬉し気に微笑まれたが、すぐに訝しい顔をなさった。
「これ…いったいなんでしょうか」
重みがありそうなその箱からは、なにか液体が滴っている。
「開けてみたらわかりますとも。きっと大いに驚かれることと思います」
「そうですの?…では、開けさせていただきますわね」
帝妃が慇懃に答えると、王妃陛下は口を真横に結び、一気に蓋を開け放った。
「な、なに。やだ。い、いやぁあぁぁぁぁぁ!」
王妃陛下が投げ出したその箱からは、苦悶の表情を浮かべた男の生首が、ごろりと転がり落ちた。




