66.名誉と誇りにかけて
空が段々白んできた。夜中からの襲撃も、そろそろ終わりが近づいている。
「おいおい、帝国騎士なんかで俺が止められるとでも…?」
目の前の血まみれの怪物が、ハンッと私たちを馬鹿にした。自分の見た目がどれだけ酷い状態なのか、きっとこの怪物はわかっていない。胸は歪に凹み、足の骨は折れかかっているように見える。
「そう舐めてもらっては困るな」
剣を掲げ、ライト卿と共に、ジリジリとにらみ合っている。後ろにいるのは、偽物のルナリス様。それを奴に気取られぬよう、立ち回らねばならない。
「そんなにその女に価値があるのか?女なんてもんは、どれも一緒だろうに」
「っ!」
ルナリス様に化けたビビ様から、奥歯を噛み締めるような音がした。言い返したい。でも、それではバレてしまう。それをかみ殺したのだろう。
「それは、主たる女性を見つけられない、お前のやっかみだ」
「やっかみだと?女なんぞにへいこらして、機嫌取りして。男の癖に、恥ずかしいもんだな、騎士なんていうのは」
「…なんだと!」
こいつは、相手を怒らせて隙を作らせ、そこを突くのがうまい。冷静に、怒りを外に逃がした。
「やめろ、ライト卿。こんなカスの言うことに、耳を貸してやる必要はない」
生まれ落ちた環境が違えば、価値観は異なる。私も、あの家に生まれなければ…。
「すまん、頭に血が上って…」
素直に謝れるのは、ライト卿の美点だ。俺は、生真面目すぎてそのあたりが難しい。
「いいんだ。奴の言葉に耳を貸すな。…しかし、貴様、コスタンツァ様がおっしゃっていた通りというか、なんというか」
コスタンツァ様の名前を出せば、反応するだろうと思っていた。
「なんだ。あのババアがなんて言ったんだ」
自分がどう言われていたのか、やはり気になるらしい。ライト卿と目を合わせ、コクリと頷いた。
「どうしようもない、馬鹿だってよ!」
私が言葉を発したのをきっかけに、二人で襲い掛かった。連携をとり、斬撃を繰り出した。奴を休ませてはいけない。
「ぐっ!お前ら。本当に帝国騎士なのかよ!」
一対一での決闘が、騎士の誉れだ。だが、
「否っ!我らは、帝国騎士にあって、帝国騎士に非ず!」
あの敗北より後、ルナリス様の護衛騎士たるために、ベルナール様とコスタンツァ様から、稽古を付けていただいた。大きく踏み込み、バルカの太刀筋を交わし、切り込んだ。
「ルナリス様に仕えし、誉れある護衛騎士だ!」
防戦一方になる、バルカを二人で追い込んでいく。家に知られれば、罰せられるかもしれない。だが、伝統を守って、人を守れないなど、本末転倒ではないか!
「ぐあっ!」
肩を蹴られ吹き飛ばされた。一瞬息が詰まり、動きが止まる。こちらに襲い掛かろうとするバルカを、ライト卿が逃さない。懐に入り込み、下から切り上げたが、あと少しのところで躱された。
「はぁはぁ」
わかりやすく肩で息をし、ヒューヒューとした喘鳴も聞こえる。とっくに限界なのだ。むしろ、今動いていることが異常だと言っていい。体勢を立て直し、再度剣を構えた。
その時、一陣の風が吹いた。強い風に、髪がたなびく。強風で、一瞬目を閉じてしまった。
「あっ…」
髪を抑えるビビ様の手が遅れた。しまった…!
「こっこれは」
ビビ様から仮髪がずれ、元の髪色が出てしまっている。急いで直したが、バルカの目から隠せるはずもなかった。バルカは忌々しげな顔でこちらを睨んでいる。
「くそ、替え玉かよ。おかしいと思ったはずなのに、俺なら分かったはずなのに。クソっ」
ゴソゴソと懐から笛を取り出したバルカに、飛び掛かった。
「そうはさせないっ!」
二人掛かりで切りかかったが、致命傷を与えられない。二撃で簡単にいなされてしまった。
「邪魔くせぇ!」
一瞬の間で、笛を吹かれてしまう。辺りに甲高い音が響き渡る。それに応じる笛の音も聞こえた。
「あぁ、マズイわ」
窓に取りついたビビ様から、絶望の一言が発せられる。階下にいたバルカの部下が、馬で出て行くのが見えた。向かったのは…東。
「ここにはもう用がない。ずらからせてもらうぜ」
出て行こうとするバルカに追いすがる。こいつだけはここで仕留めなくては。
「貴様は逃がすわけにはいかん。護衛騎士の名誉と誇りにかけて!」
剣を再び構え、バルカに襲い掛かる。だが、あと少し足りない。押していたはずなのに、いつの間にか押し返されている。この怪我でどこにそんな力があるというのか。
「お前たちもしつこいな。もう用はないって言ってんだろ。無駄に死ぬこたぁないぜ」
呆れたようなバルカの声。ベルナール様もコスタンツァ様もやられてしまった。キティ殿はいまだ外だ。俺たちだけでは、こいつに勝てないのか…一瞬そんな考えが頭をよぎる。
「アンタたち!ここでこいつを逃がしたら、ルナリス様に顔向けできないわよ!」
ビビ様から絶叫のような檄が飛んだ。ぶるぶると身体を震わせ、今にも泣きそうな顔だ。彼女だって、戦いたい、いや、今まさに戦っている。
そうだ、我々は、雪辱を晴らす。我らが護衛なのだと胸を張って誇れるように。弱気だった心を吹き飛ばすように、顔を振り、ただ一点バルカを見つめた。拳に、腕に、力が漲る。心に火を灯す。これまで以上に熱い炎を。
「逃がしはしない。我々のルナリス様を害そうとするものを、ここは通さん!」
二度三度、ライト卿と共に切り結ぶ。今までよりも、より早く、より鋭く。これまで二人で修行した成果を全て出し尽くすように。
「うっぐっ」
苦し気に呻いたバルカが、こちらにその背を向けた刹那、全力の力で横に切り払った。そしてライト卿は上から下に。一直線に深々と。重たい手ごたえと、骨と肉を断つ鈍い音がする。
「あ…うう…。この、俺が…負ける…のか」
口からごぼごぼと血を吐きながらも、まだバルカは立っている。凄まじい精神力だ。
「そうだ、お前はここで負ける」
腕も足も折れ、もはや人としての形を失っている。剣の血を拭い、鞘へと納めた。バルカの身体は、ぐらりと揺れた。獲物を持つ手から、まだ力が失われない。
「…そうか。ラ…イト卿に、ハル…ト卿。な、まえを、覚えて、おくぞ…」
そう言うと、ドウッと音を立てて、バルカが崩れ落ちた。周囲にどす黒い血だまりができる。とうとう、この怪物の息の根を止めた。
「ライト卿、どうにか、勝ったな」
「ああ、ハルト卿。よくやった」
拳を合わせ、喜びを噛み締めた。だが、これは、俺たちだけの勝利ではない。外で、こいつの身体を削ってくれなければ、とっくに殺されていたことだろう。
あの人達に感謝を。
しかし、勝利に酔いしれる暇はない。あの者たちを追わねば、ルナリス様が危ない。身体の状態を確認し、すぐさま外へと飛び出した。
東へ。二度と失わないために。
「とにかく追うぞ」
「あぁ。力の限りに」




