65.護衛騎士の名にかけて
肩で大きく息を吐いた。体力があるとはいえ、疲労は蓄積する。
「お二人とも、まだ生きてますか。ついでにそこでのびてるレアルタも」
血を垂れ流し、力なく横たわっているベルナール様とコスタンツァ様に駆け寄った。
よかった。二人ともまだ息がある。
「こっちでのびてるほうは…なんだ、ただ気絶してるだけじゃないの。ほら、起きて。レアルタ。起きて!」
げしっと殴ると、うめき声をあげながら、目を覚ました。しばしぼうっとした顔をしていたが、さっと表情を変えた。
「アイツは!あの黒い奴!」
すぐさま戦闘の体勢をとったところは褒めてあげたいかも。
「アイツなら、さっき胸を潰したわ。手ごたえがあったから、間違いなく致命傷のはずよ。それより手伝って。ベルナール様とコスタンツァ様が死んでしまうわ。…というか、あんたの部下はどうしたのよ」
「アイツらは…黒い奴の部下に追い立てられて、今はどこにいるのかわからん。後で探しに行きたいが」
血だまりに倒れた二人を見て、レアルタは言葉を切った。
自分を鬼のようにしごいた二人が倒れているのをジッと見つめた。複雑な心境って奴かしら。
「…それは後回しにしよう。ベルナール様は、俺が診る」
そういうと、レアルタが、腰に下げた袋から、白い布と針、高濃度の酒の入った小瓶を出した。
「診れるの?」
ビリビリと布を破き、酒を染み込ませるレアルタの手元を見つめた。余計な真似をしたら殺すわ。
「まぁ、これでも元騎士団長だからな。ある程度の知識はある。矢を抜いたら大量出血する。圧迫しながらすぐに肉を縫う。時間との勝負だ。コスタンツァ様はどうだ」
「こちらは切り傷と骨折ね。縫える所を縫って、添木をするしかないわ。あとは打撲が酷いから、冷やさないと。内臓も傷ついているかもしれないから、しばらくは絶対安静よ。こちらも手早くやるわ」
私の方は糸が足りないかもしれない。
最悪は、お嬢様のドレスから絹糸を拝借するしかないかもしれない。
でも、それでもお嬢様はきっとお許しになるはずよ。
「レアルタ、間違ってもベルナール様を殺したら……私が貴方を殺すわよ」
「あぁ。心得ている」
黙々と手を動かすレアルタは、顔色一つ変えなかった。
レアルタと同様に準備し、コスタンツァ様の口腔へ酒を流し入れた。
大半が地面に吸い込まれてしまったが、少しでも口に入ればいい。
「っうっ!」
途端に額を歪めて、苦痛の声をあげ、げほげほと咳き込んだ。傷口に染みるだろうけれど、消毒にもなるし、酒は痛みを紛らわせてくれるはずよ。僅かでも痛みが紛れればいい。口に布を噛ませ、手当を進めた。苦痛に身悶えするコスタンツァ様を押さえつけるのは、心が痛む。
「すみません。でも、もう少しですよ、コスタンツァ様。もう少しで傷は縫えますからね。大丈夫ですよ。助かります」
こまめに声をかけ、額に浮かぶ玉のような汗を拭いながら、手早く、でも雑にならないように処置を続けた。
手当に夢中になっていた私は、気づいていなかった。
胸を潰したはずの化け物が、次なる獲物を求めて姿を消したことに。
◇
「クソクソクソクソ!なんだあの小娘は」
おかしな具合にへこんだ腹をかばい、階段を這いずるように登っている。息を吸うのが辛い。この俺がこんな惨めな姿になったのは誰のせいだ?こんな無様をさらしているのは、誰のせいだ。
(——あの娘を生きて捕らえてこい。報酬は弾むぞ)
弛んだ腹をしたこの国の王とか言うジジイと、どっかの腰抜けの侯爵家のボンボン。それに、公爵家の頭でっかちなクソジジイ。
欲に目がくらんでこの依頼を受けたが、よくよく考えれば、この俺があんな馬鹿どもの言うことを聞く必要があるか?
いや、ない。
あいつらは生捕りにしろと言った。
だが…
「ぶっ殺してやる。首を引きちぎって、あいつらの前に持って行ってやるよ。ひひひふははっは!どんな顔をしやがるかな」
腹の底から笑いが込み上げる。おかしくておかしくてたまらん。
ジジイどもから聞いた話では、最上階の真ん中の部屋らしい。明らかに扉の作りが違うから、もろバレだぜ馬鹿ども。
頑丈な樫の木でできた扉を蹴破ると、足からビシビシと変な音がした。
まぁいい。立てりゃ問題ねぇ。
部屋に入るとそこには、なるほど。銀髪の女が佇んでいた。
侍女もなしとは、冷遇されてるねぇ、お嬢ちゃん。
「アンタがルナリスってお嬢ちゃんかい?可哀そうになぁ。生け捕れって命令されたぜ」
ジリジリと近づくと、せめてもの抵抗って奴か?箒なんか持って、涙ぐましいこった。
「なんだ?口もきけねぇのか。生け捕れって言われたけどなあ。気が変わったんだ。ぶち殺して、首だけもらっていくぜ。アンタもよ、生け捕りにされたって、いい事なんかないだろうし、死んだほうが楽ってもんだぜ」
少し話をしただけで、息が上がる。さっきの小娘との戦いが響いてやがるな。こりゃ参ったぜ。
「じゃあ、一思いに一撃で殺してやるよ!覚悟しなお嬢ちゃん!!」
渾身の力を込めて、獲物を振り下ろした。
手ごたえを感じ、思わず笑いが込み上げた。
が、次の瞬間、カキンッと弾かれると同時に、強く身体を蹴られる感覚。誰もいなかったはずなのに、一体誰だ!
壁に叩きつけられ、一瞬呼吸が止まった。
信じられない思いで、顔をあげるとそこには二人の騎士が、お嬢ちゃんを庇うように立っていた。セレニータ帝国の騎士服を隙なく着こみ、場違いなくらい優雅に帝国式の礼を取った。
「我は、ルナリス様の護衛騎士ライト・フォン・キアラ」
「我はハルト・デ・マラテスタ。我々の主ルナリス様を、絶対に守り抜く。例え、貴様と刺し違えたとしても!!」




