59.誉れある子等よ
それは交代の時間に起きた。
「なんだか…変な音がしないか」
「そういえば、外か?」
「いや、厩舎の方からのような」
付近で警備に当たっていた者たちが周囲を確認すると、ディヴァーノが興奮していななき、激しく地面をかいていた。耳をせわしなく四方に向け、落ち着きがない。
「どうしたんだディヴァーノ。ご主人様は今は寝てらっしゃる時間だぞ。明日まで静かにしてくれないと。叱られちまうよ、俺たち」
声をかけて宥めるも、当たり前に言うことを聞いてくれない。突然ひときわ甲高く嘶くと、馬房から堂々と抜け出し、あらぬ方向へと走り去った。
「おい、まずいぞ!第一皇子殿下の婚約者様の愛馬を逃がした!」
「人を起こして連れてこい。早く探さないとまずいことになる…いや、待て。また、聞こえないか。騎馬?」
「あぁ…早駆けの音、一人や二人じゃない!早く騎士たちを起こすぞ!」
固い大地に叩きつけるような蹄の音が、地鳴りのように響く。
その規模から、賊の数は我々が想定していた数よりも格段に多い。
離宮には塀もなければ門もない。小さな池と跳ね橋があるだけだ。
完全に不意を突かれた。
急報を知らせる笛の音がそこかしこで上がった。
「早く跳ね橋を上げろ」
笛を吹きながら、跳ね橋に急行し、レバーの巻き上げにかかるが、一人二人で上がる代物ではなく。
「くそ、上がらない。」
数人で取り付いて巻き上げ始めたが、先頭の騎馬に乗られてしまった。
巻き上げかけた橋が再び落ち、激しい音を立てた。
次々に通過されてしまった。
「撤退だ、撤退しろ!」
後ろに素早く撤退したが、賊との距離はどんどん詰まってくる。
「まさか正面突破で来るとはな。こちらの状況はどうだ」
「グレン卿!」
笛が鳴ってから間がないのに、グレン卿が前線に駆けつけた。
「お前たち、俺の愛馬をひいてきてくれ。厩舎に立ち寄る時間がなくてな。頼む」
「はっ!承知しました。ご武運を」
「お前たちもな」
二人を見送ると、バラバラと集まり始めた騎士たちを集め、陣を敷くように指示を出した。
跳ね橋からこちらまで、まだいささかの距離がある。
(——まさか正面からこんな大人数で殴りこんでくるとは。いい度胸だ)
「グレン殿、我らはいかがしたらよろしいか」
片腕のない男が、音もなく現れた。
「お前たちは陛下達をお守りしろ。あの化け物の使用人達と連携するのを忘れるな。外は我々に任せておけ。いつまでも舐めてもらっては困る」
若干の皮肉を込めた言葉に、男は返事をせずに去って行く。
「くそ…生意気な奴だ。…よし、お前たち、揃ったな。よく聞け」
おとなしく引かれてきた愛馬にまたがり、騎士たちに告げる。
緊張で強張った者、上がってしまっている者、興奮しすぎて冷静さを欠いた者がいる。
「前回、我々がお守りすべき大事な方を、易々と攫われてしまった。それどころか、奪還したのは、老人二人だ。我々への信用は地に落ちた」
ぐっと拳を握り、視線を落とした。
唇を噛み締めて目を閉じる騎士もいる。
遠くから、敵の鬨の声が聞こえてくる。
否が応でも、血が沸き立ち気持ちが高揚する。
「今回は、同じ轍は絶対に踏まない。我らこそこの国一の騎士、我らこそ帝国の要である!進め!誉れある子等よ!」




