55.曇天を裂く光
国境のリマントンへと差し掛かった時、訝しげな声がそこかしこから上がった。
(——なにかしら)
レオ様が馬車の窓を開け、外にいたグレン卿と何かを話し、驚いた表情を浮かべながら戻ってきた。
「ルー、ちょっと空を見てごらん」
理由は教えてもらえず、ただ空を見ろという。
レオ様に窓を開けてもらい、そっと顔を出すと、驚きの光景が広がっていた。
リマントンを境に、空模様がまるで違っていた。
セレニータ帝国側は、抜けるような青空で、日差しが穏やかに降り注いでいる。
対して、カラーリス側はどうか。
分厚い雲に覆われた、曇天だった。
「な、なんでしょうこれは」
「いや、わからない。だが、こんなにくっきりとした天気は初めてだ」
隊列はいったん小休止とし、手隙のものに周辺住民の話を聞きに行かせた。
結果は、今日だけでなく、気づいたらこのようになったとのこと。
「…私の影響でしょうか」
カラーリスにいた頃はこのようなことはなかったけれど、思わず疑問が口をついて出てしまった。
「どうだろうか。だが、もしそうなら、これから入国すれば、結果が分かりそうだな」
「そうですね、少し楽しみです」
30分ほど休憩し、懐かしいような、恐ろしいような気持ちで、カラーリス公国へと入国した。
ここからは、敵国の真っ只中となる。
どこから襲撃されても対応できるよう、警戒が厳しくなった。
騎士達の表情からは伺えないが、手綱を握る手に力がこもっている。
(——特にハルト卿とライト卿が緊張しているみたい。一度私を攫われたから、余計に力が入ってしまっているのね)
私たちの乗る馬車のすぐ後ろからは、わかりやすい殺気が迸っている。
今にも飛び出してきてしまいそうよ。
コスタンツァとベルナール、それにキティは張りつめているのだろう。
同乗しているビビは当てられていないだろうか。
「少し刺激を控えないと、我が国がカラーリスを信用していないように見えてしまうな」
レオ様が、それはそれで外交問題だぞ、と呟き、小さなため息をついた。
「ええ。余裕があるように見せないといけないのですが。次の休憩の際に、編成を変えましょう。コスタンツァとベルナールを馬車から出します。それで騎士たちの緊張は多少ほぐれますわ」
「あぁ、いいかもしれない。ある種の守り神のようなものだからな」
「ええ、それに、あまりに殺気を出し過ぎると、馬も落ち着きをなくしますから」
レオ様は顎に指を当て、少し考えると、小さく頷いた。
(——レオ様は、自分を凡人と言うけれど、そんなはずないの。だって、あの二人が傅いたのだもの)
少し移動のスピードを落とし、先へと進んだ。
国境から先、ぽつぽつと遠巻きにこちらを見やる住人達の姿があった。
欠けた皿を持ったみすぼらしい子ども、道端にへたり込む老人の姿もあった。
セレニータ帝国にいた時は、見かけなかった種の人たち。
改めてこの国を見ると、貧富の差が大きい。
というよりも貴族が貴族の義務を果たしていない。
「…自分たちの生活が誰のおかげで成り立っているのか、理解しない者が多すぎる」
「ルー、何か言ったかい?」
「いいえ、何も。独り言ですわ」
レオ様に微笑みかけると、照れたように笑ったレオ様がかわいらしかった。
その横顔を見つめながら、つい考えてしまう。
(——濁色民だと蔑むだけの貴族に、存在する価値があるのかしら。)
「ルー、空を見てくれ。すごいぞ」
つい、ほの暗い事を考え始めてしまった私に、レオ様が馬車から顔を出し、後方を指さした。
「どうしましたか、レオ様。…あっ!」
分厚い雲を割って、黄金の光が降り注いでいる。
それは、私達が通った道を照らすように。
遠くからはどう見えているのだろう。
「まるで、ルーの事を祝福しているみたいだね」
「ええ。本当に。本当にそうですわね、レオ様」
目尻に涙がにじみ、気づかれないようにそっと拭った。
しばらく進むと、はしゃいだような、歓声が聞こえて来た。
最初は騎士達も気づいて声を上げているのだと思ったの。
でも違った。
曇天の空を切り裂く光と共に現れた私達を歓迎する、カラーリス公国の人々の声だった。
それは、どこまでもどこまでも続き、首都に近づくほどに、その声はうねるような大歓声となった。
もはや私を侮辱する者などいない。
自信をもって、渡り合える。
因縁のこの国と。




