54.決着の旅路
とうとう、隣国へと出立する日がやってきた。帝王、帝妃両陛下に加え、第一皇子殿下、そして婚約者の私が発つとあって、大変な大所帯となった。
「ここに来たときは、たった一人だったのに」
今では、レオ様に加えて、コスタンツァにベルナール、ライト卿、ハルト卿、グレン卿、それにビビ、キティに、ディヴァーノ。驚くほどたくさんの人が傍にいる。
「あの、ルナリス様、本当に連れて行くのですか?」
そう問うのは、ライト卿。
「ええ、しょうがないわ。勝手に出てきてしまったのだもの。」
誰に聞いたのか、ディヴァーノが馬房から飛び出し、出立の列に加わってしまった。乗り手のいない裸馬。毛の色も相まって目立ってしまっているけれど、誰にどうすることもできない。
「しょうがない、と言えば、あの方々は…?」
パビリオーネに最低限の人数を残し、それ以外の皆が旅支度をして鈴なりだ。勝手についてくることは咎めない、と言った手前、咎められない。
「あれも…しょうがないわね」
「はは、…そうですか」
もうこのような状況に慣れざるをえない、ライト卿は乾いた笑いを浮かべるのみだった。ハルト卿に合図し、私の馬車の警備へと回ってくれた。
「ルー、準備はできたか?」
レオ様は、騎士服を纏っている。途中までは騎馬で行くそうで、見送りに集まった群衆の声援に答えている。
私はと言えば、
「はい、もういつでも大丈夫ですわ」
移動用のゆったりしたドレスに身を包み、すでに馬車に乗っている。
キティとコスタンツァ、ベルナールにビビは、誰がどの馬車に乗るか散々揉めに揉め、結局巨大な1台の馬車に押し込められ、不服顔で笑ってしまった。
「なにか心配事や悩みはないか?故郷とはいえ、よくない思い出のある国に向かうのだ。何かあれば、すぐに言ってほしい」
「ありがとうございます、レオ様。心強いですわ」
ニコリと微笑むと、大きく頷いたレオ様が、出発位置に立った。
帝王陛下、帝妃陛下が馬車に乗り込み、ゆっくりと隊列が動き始める。
私が来た時の夜行馬車とは違う。隠れてはいるものの、レアルタの隊も、いくつかに別れて追従していると聞いた。
「私が来た時とは、何もかもが違うわね」
豪華な内装に、ゆったりとした旅程。あの時、一人で心細く震えていた少女は、どこにもいないのだ。
見送りの群衆に手を振りながら、つい考えてしまう。
(——あの国が、この国のようであったなら)
チクリと痛む胸の内は、知られたくない。
これから向かう国は、私を色なしと蔑む国。今の生活に慣れてしまった今、それにもう一度耐えられるのか、自信がなかった。
それに、そのような罵声を浴びる惨めな私を見たら、皆がどう思うのか。想像しただけで、心がざわついた。そんな姿は見せたくない。
「ルナリス、貴女は気持ちを抱え込んでしまうところがあるから。…やはり不安なんだろう」
いつのまにか、レオ様が馬車と並走していた。一人で馬車にいるからと、不安が顔に出てしまっていたらしい。
「レオ様、…ええ。ただ怖くて。また石を投げられたり、罵られたら、また人間扱いされなかったらどうしようと思ってしまって」
この国に来てから思い出すことのなかった辛い記憶が蘇り、耐えようとすればするほど、目に涙が浮かんでしまう。泣きたいわけじゃないのに。
「ルー。そんなことにはならないよう、帝妃陛下が配慮くださっている。あの母上が言うのだから、大丈夫だと思わないか?ルー、私たちを信じてほしい。」
まっすぐに見つめられ、心を解きほぐすように、優しい言葉をかけてくれる。
「帝妃陛下が配慮を?それは、頼もしいことですね」
配慮、とはなんだろう。でも、あの方の事ならば信じられる。それに、レオ様も。
「そうだろう?それに、こんなに私たちを守ってくれる騎士もいる。それに、ほら、あれらも」
つかず離れず影のように移動する彼ら。僕もいる、とばかりにディヴァーノの嘶きも聞こえた。
「ええ、ええ。そうね。そう、前の私とは違うのね。一人じゃないわ。皆がいるわ」
私のこわばりが消えるのを見届けると、レオ様はサッと手を振って離れていった。
私の癖に気づいている、得がたい人。先ほどまで冷えかけていた心に、暖かい温度を感じる。
(——今回の旅で、決着を付けるのよ。)
そう決意し、隣国へ馬車は走る。
これから何が待ち受けるのかを、知らぬまま。




