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三原色信仰の国を追われた無色の花嫁は、帝国で世界を彩る   作者: りっちょまん


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53.お針子部屋の二週間

「今日から2週間、こちらでお世話になります」


そう言って頭を下げたのは、カヴァッリ伯爵家のビアンカ様。王城に詰めるあたしたちの耳にも、使用人や平民には、高圧的だと知れ渡っている。第一皇子殿下の婚約者様の側近になったと知ったときは、見る目のなさに失望すら覚えた。


「では、まずパターンを起こしますので、そちらで見ていてください」


帝妃様のサイズは、もう何十回となく測り、頭に入っている。木炭を手に取り、定規を使って綺麗に直線を引く。この線がずれるだけで、ドレスのシルエットが大きく変わってしまう。曲線は曲線定規を。こちらは少しコツがいる。


前身頃の型紙を起こし、ビアンカ様に変わった。サイズと定規の使い方を教えたが、本人は渋い顔をしている。


「こちらがあたしの作ったもの、こちらがビアンカ様の作られたものです。どこが悪いかわかりますか?」


方や正確に写し取られ、方やヨレと書き直しの目立つ、ひどい出来。差は明らかだった。


「…私のはひどいわね」


ここまでだんまりを決め込んでいたビアンカ様は、唸るように声を搾りだした。


「はい、これは使い物になりません。また、この紙も、もう使えません。」


また黙ってしまったお方に、少しばかりイライラしてしまう。


「この紙も、王城用に特別に作成された紙です。貴女様が馬鹿にする平民が、丹精こめて作ったものなのです。少し失敗して捨ててもいいような代物ではありません。」


ぐっ、とくぐもった様な声が聞こえた。


「さぁ、この紙を無駄にせぬよう、今日は型紙起こしです。固いパンで木炭は消せますから。最初から。綺麗にできるように頑張りましょうね」


ビアンカ様が引き攣った様な顔を見せたけれど、あえて無視した。


一日目は、朝から晩まで、型紙を起こしては消し、起こしては消しの繰り返しで、ご自慢の白い指は木炭のカスだらけで真っ黒になった。夜は、お針子と同じ部屋で眠る。お貴族様からしたら、拷問に違いない。


二日目は、型紙から布に写す作業を。三角チャコで引いては消し、引いては消し。結局、その布は使えなくなってしまったので、廃棄になった。


三日目から五日目は、ひたすら手縫いをするだけ。でも、これが中々に辛い。特別な縫い方はなくて、ずっと直線縫いだけだから。


「肩が痛いの。指先も針で刺してしまって、痛くてたまらないのです」


見れば、針先で刺してしまったようで、血がにじんでいた。ドレスに血が付くのは困るので、リネンを押し当てて、血止めをした。


「ええ、そういうものです。私たちも毎日のように、やりますから」


途中で泣き言が入っても、相手にはしない。


(——普段貴女様が着ているドレスは、そういう苦労をしている人がいなければ、着られないのだもの。)


途中で縫い目が荒れたときは、ほどいてやり直しをさせた。美しいドレスを作るには、縫い目が均等でないとバランスが悪くなってしまうから。今日は、指先を針で突きすぎて、穴だらけの指となった。


寝台に入ってから、すすり泣く声が聞こえ、こちらも寝不足になってしまった。


六日目から十日目までは、刺繡に、ビーズ、レース付け。失敗したら最初から全てやり直し。デザイン画と睨めっこしながら、糸とビーズを縫いつける。ビーズにも角度があって、均一につけなければ、狙ったデザインにはならない。


「ここは、この向きで付けねばなりません。先ほども伝えましたが、やり直しです」


「これくらいが何だって言うのです。ここの付け方が違うだけで、仕上がりに何の影響があるというの!もうやってられないわ!」


何度目かの同じミスを指摘すると、とうとう溜まっていたストレスが爆発してしまった。


「…これくらい、ですか。」


ビアンカ嬢が投げ捨てた生地を拾い上げた。雑に投げられた生地は、繊細なもの。変にシワがついてしまった。


「このくらいのミスで、ドレスの作り直しをさせるのは、どなたでしょうか。」


お針子部屋を預かっている身としては、聞き捨てならない一言だった。埃の付いた生地を丁寧に払う。


「どこの誰が、貴女様の無茶な要望に答えて、肩を痛め、指先を血に濡らして作っていると思うのです。私たちは、この仕事にプライドを持っています。このくらい、と馬鹿にされることは我慢できません。」


平民に反論されることなどなかったであろうビアンカ様は、後ずさった。


「なぜ職人が技術を磨くのか、わかりますか?それは、注文をした方に、喜んでもらいたい、期待に応えたいという思いからです。それを貴女は、このくらいと投げ捨てた。貴女には、ここにいる資格はありません。出てお行きなさい」


ドレスを握りワナワナと震えたビアンカ様は、キッとこちらを睨んだ後、そそくさと出て行った。


(——思ったよりも、もったほうかもね)


「ラン様、大丈夫でしたか」


ビアンカ様につきっきりの間、他の子たちは遠巻きにして私たちのことを見ていた。


「ええ、大丈夫よ。こうなりそうな気はしていたから。気にせず作業を進めて。」


その後は、投げ捨てられた生地に、黙々と装飾品を付けた。今日の作業が終わるころ、ビアンカ様が戻ってきた。


「何をしに来られたのです。出ていくように伝えたと思うのですが」


そう告げると、こちらをしっかりと見つめ、口を開いた。


「先ほどは、大変申し訳ございませんでした、ラン様。私は、生まれたときから、誰かに何かをしてもらうのが当たり前だと思っていました。逆に、彼らは私の世話をするのが喜び、くらいに考えておりました」


奥歯を噛み締め、こちらをまっすぐに見つめながら言葉を紡ぐビアンカ様は、先ほどとは別人のようだった。


「ですが、私の使うもの、欲しいもの、それぞれに、職人が誇りを持ち、全身全霊を注いで当たっている。侍従や、下女、執事、それにお針子も。このような技術を注いだ一着の代金を支払わないことが、どれほど罪深いことなのかも」


「そうですか。それで、どうするのですか」


「…わがままを申します。どうか最後まで、どうかあと四日間、ここで働かせてください」


平民の自分に頭を下げるビアンカ様に、驚きを禁じ得ない。成り行きを見守っている子達も驚きが隠しきれていなかった。


「わかりました。では、あと四日間。もっと厳しく接しますよ」


コクリと頷いた彼女は、文字通り別人のようによく頑張った。最後の四日間は仕上げと糸始末。表からは見えずとも、ドレスの仕上がりはここで決まると言ってよい。四苦八苦しながらも、やり遂げた彼女は、お人形の雰囲気を脱し、人間のように見えた。


「最後までよく頑張りましたね。これは、給金です」


見習いが最初にもらうのと同じだけの額。彼女にとってははした金だろうが、自分の手で間違いなくやり遂げた事への対価は、きっとこの先、彼女の役に立つ。


「ありがとうございました。皆様も、二週間ご迷惑をおかけしました。今後ともよろしくお願いいたします」


綺麗なカーテシーを見せ、彼女は去って行った。


「さて、台風のようだったわね。遅れた分、早く取り戻しましょう」


パンと手を叩き、この2週間の遅れを取り戻すべく、とりかかった。この2週間、給金はいつもの3割増し、食事は肉料理が2品多い。この出どころは、いったいどこなのか。


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