【閑話】 休めない令嬢の休日
「なんにもすることがないわ。どうしましょう」
私室の椅子に腰掛け、ぼんやりと天井を眺めた。今日は久しぶりに何の予定もない、完全オフな日である。ここ数日の目まぐるしさを考えれば、奇跡、と言っていい。けれども。
(——お休みの日に何をすればいいのかしら。)
彼女は、他人には休憩しろ、休暇を取れとうるさい癖に、己のことは顧みないところがある。それは、将来的に帝妃になる身としては、致命的なことである。彼女の唯一の欠点、休めない。
(——どうにかしないといけないわね。)
「ねぇ、ハルト卿とライト卿は、お休みの日は何をして過ごすのかしら」
今日も忠実に護衛に励む二人に、休日の過ごし方を訊ねてみた。
「そうですね、自分は、鍛錬に励んだり武具を磨いたり、でしょうか」
「私もハルト卿と似たようなものです。馬で遠乗りに行くこともありますが。僭越ながら、我々の過ごし方はご婦人にはあまり参考にはならないのでは、と思います。ビアンカ殿にお聞きになったらいかがでしょう」
先日の婚約式で側近候補として紹介され、そのまま正式に私の側近となった。見た目で豪華で派手な美人と見られがちだが、鋭い観察眼と、彼女特有の勘の良さ、それから並外れた遂行力を持っている。
「ビビも今日はお休みだもの。呼び出すのはかわいそうだわ」
初日から仲良くなったけれど、友達というわけでもない。私が働けば彼女は休めなくなってしまう。
(——ビアンカ殿は喜んで参られると思うが)
などとハルト卿とライト卿も思うが、ルナリスの考えは違うらしい。
「そうだわ、メイさんの家に行ってみましょ」
前に事件にあってから、しばらくは訪問禁止と言われ、事件後に一度会ったきりだった。
「午後に行ってもいいか、お手紙書くから届けて、返事を聞いてきてちょうだい」
キティを呼ぶと、そっと手渡した。
「ルナリス様、今日は警備を増やさせていただきますね。念のため、です。また、あんなことが起こるとも限りません」
ライト卿が目を伏せながら進言した。無理もないと思う。
「ええ、でも大丈夫よ。たぶんね、コスタンツァとベルナールがついてくると思うの。それなら大丈夫でしょ?反対したって黙ってこっそりついてくるから、最初から連れて行きましょ」
「それなら問題ありません。我々二人でいつも通りお守りいたします」
二人が一斉に最敬礼した。二人にとっても、良くない記憶の場所に行くことは、負担が大きいのはわかっていた。けれども、メイさんが悪いわけではない。だから、今日の訪問でよいイメージに塗り替えてほしかった。
出かける支度をしているうち、メイさんから快い返事が届き、久しぶりの外出に胸が高鳴った。前に前回の帰り際に、良い報告がある、と言っていたのをよく覚えていた。
◇
「メイさん、お久しぶりですね」
「ルナリスちゃん!」
ノックと同時にドアが開き、護衛の二人は抜刀しかけた。出てきたのは、目の下に隈ができ、心なしかやつれた様子のメイさんだった。相手がわかると、二人は抜きかけた刃を、静かに鞘へと戻した。
「メイさん、どうされたんですか。なんだか、様子が」
「ちょっとここのところ忙しくて、あんまり寝てないの。さ、ルナリスちゃん、こっちへ来て」
ぐいぐいと手を引かれ、今日は中庭へと案内された。護衛の二人は、いつも通り、隅のほうに控えてついてくれた。
(——私が訊ねたの。迷惑だったかも)
ちらと思い浮かんだけれど、即座に打ち消した。メイさんがやつれているのにキラキラした笑顔を浮かべていたから。
「メイさん、前に、いい報告が出来そうって言ってたと思うんですけど、それが気になって気になって。」
「あ、そうそう。手紙に書けばよかったわね。それでね、ルナリスちゃんから教わったマ・クラムね、すごく評判がよくて。ルナリスちゃんが良ければ、商会を立ち上げようって話になっているの」
「…商会ですか?」
あまりピンと来ない様子の私に、メイさんが丁寧に説明してくれた。試しに販売してみたら、思いのほか売れ行きが良く、マ・クラム専門店を作ろうと考えていたらしい。色糸は、メイさんの染色剤で染めているそうで、とても評判だとか。寝る間を惜しんで作っているのだろう。
「ええ、構いませんよ?私の手からは離れていますし、元々私が考えたものでもないですから」
「違うのよ、あのね。そのうち第一皇子妃になるのでしょ?そうしたら、功績をあげないといけないわ」
メイさんは、私が貴族で第一皇子の婚約者であることを知っても、変わらない態度で接してくれる。そのことに胸がジーンとした。
「ええ、新しく雇用を生み出す何か、をすることが求められるそうですね。先日教わったのですが、まだ考えていなくて。」
「それにこの商会はぴったりよ。」
メイさんから思ってもいなかった提案が飛び出した。
「で、でも、すでにメイさんが販売して商会にする話になったのに、それを横から私が奪うわけにはいきません」
驚いて思わず椅子から立ち上がってしまった。
「ううん、元々ルナリスちゃんに教わらなかったら知らないままだったし、それにね、第一皇子妃っていう名前は、その、とても言いずらいけれど、とても注目されるの」
確かに、第一皇子妃の店、ということになれば、他のどのようなお店よりも注目度が高い。それに、お店の信用保証にもなるわけで、メイさんにとってもいい事だろう。
「ええ。でも、私はお店を経営したことも、人を雇った経験もないんです。私にできるとはとても思えなくて」
自信のなさから、下を向いてしまった。今、周りにいるのは、私が選んだ人ではない。雇用する人の見極めができるとも思えなかった。
「大丈夫よ!私がついているじゃない。今、私はお店を経営しているし、ルナリスちゃんだけの力じゃなくて、周りを全部巻き込んでやればいいの。みんな力を貸してくれるわよ。そうよね?」
話を振られたライト卿とハルト卿は軽く頷き、微笑んでくれた。
(——そう、私はもう一人じゃなかったんだわ。)
「すぐ一人でやろうとするのは、私の悪い癖ですね。それなら、ありがたくお話をお受けしたいと思います。ただ、私の商会ということになるので、また後日、改めてご相談に伺いますね。メイさんはもう、商会のパートナー兼友人です 」
椅子に座りなおすと、メイさんとがっちり握手を交わした。さて、さっそく明日にでもビビと話をしなくては。
そこであら、と気づいた。
(——結局、私、仕事の話をしてしまっているわ)
ルナリスの休めない悪癖は、まだまだ治りそうにない。




