45.白紙の頁にて、眠れるものを知る
本日は2話更新です
レオ様からプロポーズされて以降、体調不良に苛まれている。熱はないのに、体は火照り、ひどくだるい。
それなのに、食欲だけが異様にある。昨晩はレオ様の4倍ほどの食事を食べてしまった。でもそれ以外に異常はなし。
「私、どうしてしまったの」
染料の開発をしたいのに、だるくて体を縦に保つことができず、ずるずるとベットの住人となって三日目の朝を迎えた。
コスタンツァとベルナールは、なにをしたのかと、反逆罪ギリギリまでレオ様を問い詰めた。
とは言え、プロポーズの時に後ろから見守っていた二人は、彼がなにもしていないことは痛いほどわかっていた。
「ルー、今朝はどんな調子かな」
部屋をノックする音が聞こえ、レオ様が入室した。
プロポーズ後、彼は私を愛称で呼ぶようになり、私も恥ずかしく思いつつ、受け入れている。
「レオ様、今朝もだるくて。このような姿で申し訳ありません」
半身を起こしてみたものの、体が鉛のように重く、体勢を保つのが精一杯だった。
「ルー、無理をするな。顔を見に来ただけだから。ゆっくり寝ているといい。昼すぎに侍医を連れて、また来るよ」
長い髪を掬い上げ、そっと口づけを落とすると、レオ様は王宮へと戻って行った。
プロポーズ後に、半年後のカラーリス行きのせいで大変なスケジュールになっているのを聞かされ、申し訳ないやら、心苦しいやらで、真っ青になったりもした。
「どうしてしまったのかしら。とてもお腹は空くし。こんな病は聞いたことがないわ」
陰で泣きそうになっているレオ様を、同じく涙ぐむ二人が一生煙命励ましているのを、たまたま耳にしてしまった。早く元気にならねばと思うほど、焦りが募った。
ゴロンと寝返りを打って何気なく手に取ったのは、レオ様のご先祖の事が書かれた本の1冊だった。
何かヒントがありそうな、そんな気がしたし、この本には1ページだけ不可解な真っ白なページがあった。
「確かこの辺り……そうこのページよね」
そのページを探り当てた時、突然まばゆい光が差し込んできた。光の奔流のような激しさで目を開けていられない。
私はそのまま気を失ってしまった。
◇
「あら、ここは……」
目を覚ますと、見覚えのない空間が眼前に広がった。
先果ての見えない空と、澄み切った清浄な空気が広がっている。豊かな森が広がり、鳥の囀りが聞こえた。
時折虹色に輝く美しく柔らかな光が降り注ぎ、足元は、磨き込まれたガラスのような透明度の高さ。踏み出すのがためらわれた。
「ルナリス、やっと会えましたね」
パイプオルガンのような不思議な響きの声が、聞こえた。
振り返ると、浮世離れした美しさの女性が、ゆったりと腰かけていた。
(——さっきまでなかったはずなのに。)
風はないのにたっぷりとした金の髪は柔らかくふわふわと揺蕩い、意思の強そうな瞳はじっとルナリスを見つめている。
芸術のような姿態に、実体があるようでない、そんな見た目の彼女をどこかで見たような気がした。
彼女に進められるままに、もう一つの椅子に腰かけた。ふと、先ほどまでだるくて歩けなかった体が、自由に動くことに気づいた。
「驚いたでしょう、ルナリス。貴女に会えるのを、今日まで楽しみにしていました。だって貴女、なかなかレオの心を受け取らないんだもの」
くすくす笑う彼女は、まるで人間のように見える。けれどこの方はおそらく……。
「もしかして貴女は、緑の淑女のステンドグラスの方ですか」
驚いたように目をしばたたかせる彼女に、やはり、という思いがこみ上げる。
「ええ、そうよ。こんなに早く気づかれたのは初めてね。さてルナリス、時間がないの。貴女が目覚めれば、もう何も心配はいらないわ。だから安心してレオに心を開きなさい」
「そんな、訳が分かりません。貴女は誰なのですか」
「もうわかっているのではなくて?いつでも貴女を見守っているわ。さぁ、お帰りなさい」
彼女が指を鳴らした瞬間、またルナリスの意識は遠のいていった。
◇
「ルー!ルー!どうなっているんだ。朝までは元気だったのに。他の侍医はなぜまだ来ない。ベルナール、引きずっても構わない、早く連れてこい!!」
意識が戻った後に耳に入ったのは、レオ様の罵声とコスタンツァが私を呼ぶ声、それに複数の誰かの走る音。
ゆっくりと目を開けると、レオ様に抱きすくめられた。
「ルー!!良かった、本当に良かった。戻ってきてくれたんだね。さっきまで息をしていなかったんだ」
腕の隙間からあたりを見ると、涙でぐしゃぐしゃのコスタンツァ、それに肩に担がれたお医者様と担いで来たベルナールがいた。
そして涙ぐむグレン卿にハルト卿、そしてライト卿が控えていた。
「ごめんなさい、少し、気を失っていたみたいです」
「全然少しじゃないぞ。もう昼過ぎだ」
驚いて時計を見れば、15時をとうに回っていた。
(——さっきまで朝だったのに。あの空間は時間の進みが早いのかもしれない。)
そう考えていたら、今度はコスタンツァに抱きすくめられた。朝食を持ってきた彼女が最初に発見し、半狂乱になったという。
その後は暗殺の可能性を考えて大騒ぎになったとも。
「ごめんなさい、コスタンツァ。いつも心配ばかりかけさせて」
ゆっくり彼女の背を撫でると、コクコクと頷いた。
「さ、コスタンツァ、ルーには診察を受けさせないと。ベルナール、そいつをおろしてやってくれ」
担がれたままだったお医者様に一通りの診察をしてもらうと、異常なしとのことだった。
半信半疑の面々をよそに、そそくさと引き上げていく医師に、少しばかり申し訳なさを覚えた。
この日はいくらもう大丈夫と訴えても、信じてもらえず、門番のようなキティとコスタンツァに見守られながら過ごした。
そして翌朝。
ここ数日の熱っぽさとだるさが嘘のように無くなり、爽快な目覚めだった。
ふと思い立ち、あの空白のページを見てみると、なかったはずの文字が浮かび上がっていた。




