43.全ては完璧な段取りの上に―崩せぬ婚約への道―
緑の淑女の使用人たちは、お嬢様に隠れてひそかに準備していることがある。
この準備はある意味、お嬢様が来た日から行われていたわけだが、ここにきて活発になってきている。
「ベルナール様、もうあのお部屋には入りきりませんが、隣のお部屋を解放してもよろしいでしょうか」
そう聞きに来たのは、お嬢様付きの侍女の一人で、キティという赤髪のよく気の付く少女だ。
「あぁ、もうそんなになるか。構わないが、使用前によく磨いて綺麗にしておくように」
はいっと返事をした彼女は、近くに控えていた他の侍女と合流し、すぐさま踵を返して目的の部屋に向かった。
お嬢様がぼっちゃまにお輿入れされるのは、両陛下に認められた今、もうほぼ決まったようなものだが、実際は婚約もプロポーズもまだ、という宙ぶらりん状態である。
そんな中、両陛下が突然カラーリス公国へ訪れようと言い出した。つまり、そこでお嬢様に関する何もかもを終わらせようと、そういう腹積もりのようで。
ただし、半年後と聞いた時には、頭の中でそろばんが超高速で弾かれだした。
半年後に全てを終わらせる、ということは、その前に貴族のお披露目を終え、その前に婚約式をし、そしてその前にはプロポーズを行わなければいけない。
結婚式はまだ先でいいだろうが、その他を半年のうちに。その間、無色の乙女であることの宣誓や、両陛下の後ろ盾を得たことなどを、国内外に発表する必要もあり。
執事である自分は、それを完璧に采配を揮う必要がある。当然コスタンツァやお嬢様、ぼっちゃまのお力も多大に借りるわけだが、1つのミスが命取りだ。
「コスタンツァ、一部屋埋まってしまったから、もう一部屋解放するぞ」
移動中に見つけたコスタンツァと、情報共有が欠かせない。
「ええ、わかったわ。でもまたその部屋も埋まってしまいそうね。他も念のために用意しておきましょう」
そういうわけで、長い羊皮紙を用意し、これから半年の間のイベントと必要な費用を大まかに時系列でまとめた表を作成し、そのイベントごとに部屋を分けて使う事にした。
この部屋はプロポーズ用、この部屋は婚約式用、といった具合だ。そうすると、他のイベントに使う物品が混ざらない。
「キティ、これを共用部屋に戻しておいて」
「わかったわ。じゃあこれはプロポーズ部屋にお願い」
共用できるものは、共用部屋を1つ作り、そこから持ち出したら戻す、という方法を取っている。
先ほどいっぱいになってしまったのは、隣国の訪問部屋である。
お嬢様が使用されるのは2階で、この部屋たちは1階の奥まったところを使用しているので、いつもより1階が騒がしいわね、くらいに思っていただいているはずだ。
そして、この話で真っ青になったのは、緑の淑女の使用人たちだけではない。
「ベルナール、この表によると、プロポーズを2週間以内にしないといけないようだが」
「ええそうです、ぼっちゃま。必ず成功させていただけませんと、この後の予定が全て狂ってしまいますね」
両陛下の思いつきを聞いて飛んできたぼっちゃまは、青ざめるを通り越して真っ白になってしまわれた。
「2週間でどうしろというのだ!?どこでプロポーズしようかベルナール。それに彼女は受けてくれるだろうか。嫌われたらどうする。あぁ、もう。あの親たちはいつもこうだ」
頭を抱えて唸りだした殿下を見つめ、こっそりため息をついた。
(——でもねぇ、胃が痛いのは貴方様だけではないのですよ)
◇
「今なんとおっしゃいましたか……!?」
そう、悲鳴にならない悲鳴をあげたのは、マーサである。
月桂樹の輪に、また一式をお願いしたいと使者を出した。やってきたマーサへ、例のイベント表から書き起こしたイベント毎の衣装一覧を見せながら伝えると、やはり土のような顔色となった。
「ええ、ですから、半年の間にこれだけのドレスが入用です、とお伝えいたしました。ええ、半年と言いましたが、実質は4か月程度でしょうかね」
「そそれは、なんとも。私共をご贔屓にしてくださるのは嬉しいですが、他のお店には注文を出されないのでしょうか」
マーサが震える指で衣装の総数を確認している。
「ええ、それがですね。お嬢様には内密に進めないといけないのです。新しく仕立屋を呼びましたら、お嬢様が不審がるかと思いまして。せめてプロポーズまでは伏せておきたいと、ぼっちゃまがおっしゃいましてね」
ここでいったん言葉を切って、紅茶で喉を潤した。
「でも2週間もの間、時間を無駄にしては、ドレスの仕立てに影響すると思いまして。当然の事ながら、ぼっちゃまの揃いの衣装も必要ですしね。実際、2週間あったらどこまで勧められますか」
「そうですね……型紙の裁断は全て終わらせることができると思います。後は、生地の取り寄せの手配や、パリュールの型作りくらいかと思いますが……」
「なるほど。では、今日は、移動用のドレスのデザインと普段着用のドレスをお願いしましょう。それから、パリュールもお願いします。合わせやすいカラーのものを数点。代えがきかない、ここぞという時のものを数点。
これの作業にかかっていただいている間に、ぼっちゃまがプロポーズするはずですから、そうしたらフルオープンで全て進められますから」
「む、むり」
「なんですって?」
「いえ、なんでもありません。頑張らせていただきます」
マーサは目を白黒させながら、メモを取っている。
衣装一覧は写しがあるので、帰りに彼女に持たせるとしよう。費用はいくらでもかけて良いと両陛下のお墨付きなのが有難い。
さぁ、ここから半年間、最後まで走りきるとしよう!




