42.帝妃の微笑みの裏で
カラーリス公国では、ここ数日、セレニータ帝国からの輸入品が大幅に増えている。
数ヶ月前までは、夜行馬車一台分程度の交易品が入ってくるだけだったが、半年後に両国で式典が催されることになり、交易が活発になったのだ。
「でも、なんのための式典なの?」
そう首をかしげるほど、国民に情報が降りてこない。
数十年前に途絶えた和平条約を結びなおすんだ、とか、ただの国同士の交流会だ、と人々の憶測は絶えなかった。
しかし結局のところ、目新しい商品がどんどん国内に溢れ、人々はそれに夢中になった。
その交易品の中に、1冊の絵本があった。
タイトルは≪無色の乙女≫。子ども向けの昔話が描かれていた。
「こちらの絵本は、帝妃様からの推薦書付きだよ。今一押しの一冊さ。さぁ、どうだい?」
セレニータ帝国の商人にそう勧められれば、刺激に飢えたこの国の人々は我先にと購入した。
そしてそれを読んだ人々は、口々に噂した。
「これって色なしのことなんじゃないの?」と。
問い合わせるために販売していた店へ行ってみても、もぬけの殻だった。
答えが教えてもらえなければ、妄想と想像は加速する。
そして、国交が断絶した時に生きていた者たちは、なぜそうなったのかを思い出した。
「隣国では色なしを無色の乙女と崇め、大層大事にしていたのに、この国の貴族が面白がって嬲り殺しにした挙句、無残な状態の死体を清拭もせず、セレニータ帝国に引き渡したからだ」
平民から流れ出した噂は、徐々に貴族社会へも染み渡っていった。
そういえば、ロルモン公爵家に、色なしがいた。
あの娘はどうなったのか、と。
それは当然、モントローズ侯爵家にも、ロルモン公爵家にも、そして王家にも届いた。
◇
「色なしが無色の乙女だと!ふざけたことを!」
怒りに任せて壁を殴りつけたのは、ロルモン公爵。
冷ややかな瞳で見つめるのは、国王その人である。
部屋の片隅でうなだれているのは、全てを知っている私、モントローズ侯爵である。
「貴様、そのことを知りながら、なぜワシに黙っていた!」
ツカツカと私に歩み寄った公爵は、胸倉を掴み、唾を飛ばさんばかりに怒鳴り散らした。
国王の前だというのに、おかまいなしの振る舞いに、少しばかり嫌気が刺した。
「貴殿に伝えたが、聞く耳を持たなかったではないか。汚らわしいと主張するだけの凡人が。だから我が息子の婚約者にしたのであろうが。それを貴殿の馬鹿な小娘が台無しにしてくれて。ただのピンクの瞳の女風情が、やってくれたと思ったよ。」
爵位などかなぐり捨てて暴言を吐いたせいか、奴は豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
(——こんな状態なのに笑えるよ。)
現在国内に流入しているセレニータ帝国の品々だが、カラーリスからセレニータへの流入は今まで通りの、馬車一台分のままである。
おかしいと思うだろう。
これらは全てモントローズ侯爵家に一方的に送りつけられ、代金を支払わされている。
受け取り拒否をすれば、邸宅前に居座られ、反撃しようにも肝心の騎士団はもう失ってしまった。
他領に頼るわけにもいかず、破産しないギリギリまで絞られ続けている。
「もうやめよ、私の前で暴力沙汰は起こすな」
気だるげにしっしっと手を払うのは、でっぷり肥えた国王である。
首に縄をかけられて、処刑を待つだけの私は、ほぼやけくそ状態にある。
「そうはおっしゃっても陛下、先に手を出したのはロルモンですので。私に非はありませんぞ」
「なんだと貴様ー!!」
逆上したらしい公爵がまた掴みかかってきたが、合図を受けた近衛騎士に取り押さえられ、潰れたカエルのようにブーブーと鼻息を立てている。
「モントローズ侯爵よ、貴様はセレニータ帝国の尾を踏んだらしいな。我が国は貴様のせいで、もう終わるかもしらん。」
投げてよこしたのは、セレニータ帝国からの手紙で、一方的に半年後に式典を行うから準備するようにと書かれていた。
(——なんのための式典だ?処刑式か?)
「それに、無色の乙女のあの噂。最悪のタイミングだな。公爵家に色なしがいたことは、貴族であれば誰もが知るところ。それに平民の間でも噂になっておるぞ。ロルモン公爵が、無色の乙女を手放した、とな。」
「ええ、彼女は隣国の第一皇子の婚約者になったようですよ。まだ公ではないですが、私はそんな状態の彼女に手を出し、現在の責め苦を味わっているわけです」
ブーブーしていた公爵は、床で驚愕の表情を浮かべている。
(——無理もない。無価値だと思ってた娘が、一番価値があるのだから。いや、違う。価値がなかったのは、我らのほうか。)
「そうか。それが知れたらまた騒ぎになるな。」
体中からため息が漏れているように見える国王が、初めて哀れに思えた。
「それで、この半年後の式典とは一体何なのか、モントローズ侯爵、貴様にわかるか?」
「いえ、かの国の考えることは私には測りかねます陛下。私の処刑式かと考えたくらいです」
ははは、と乾いた笑みを浮かべてみるも、じろりと睨みつけられ、すぐさま引っ込めた。
「不気味でしょうがないが、受けざるを得まいな」
ええ、と頷く私の胸の内は、得体の知れない不気味さが渦巻き、追いつめられた状況と相まって、ともすると吐き気を催すほどだった。
その裏で、帝妃は静かに微笑んでいた。




