41.死んだ者として生きよ
お茶会の裏側で、両陛下から任務を任されている。
例の襲撃犯である、元モントローズ騎士団をどうするのか、についてだ。あの件は、対外的にはただの非常時の訓練、ということになっている。真実を知っているのは、ルナリス嬢に、俺たちセレニータ帝国騎士の一部、当然両陛下と第一皇子殿下。それからあの暗殺者集団、そしてメイという平民のみだ。
殿下によって腕を切り落とされたトローとかいう元騎士団長の容体がようやく落ち着き、処遇について決めることになった。どうせ死刑になるというのに、生かすのか、という意見もあったが、元騎士の立場でなら、片腕をなくして生かされるほうが屈辱を感じるはずだと俺は思う。
「さて、お前たちの処遇についてだが」
それぞれに手枷と足枷をつけられた元騎士どもは、王宮の裏庭の片隅に地下牢から引き出され、転がされている。ずっと投獄され、最低限の衣食住を与えられている彼らは、ひどく獣臭い。
(——賊に違いないのに、ぼろ切れを纏い、薄汚れてもどこか気高く見えるのは元騎士だからだろうか。)
久しぶりの日差しに目を細めるものや、気持ちよさそうに空を見るような余裕を見せる者もいた。
彼らの周りを、王城の近衛騎士で取り囲み、もし逃亡しようとした者がいた場合、処刑してよいと許可を得ている。そして、姿は見えないが、第一皇子殿下の子飼いの彼らも、間違いなくこの場にいる。
「我らは死刑になるのが決まっているものと思っている。妙な期待を持たせず、首を切ってほしい。」
緊張感の高まる中、元騎士団長であるトローが口を開いた。
「貴様に発言の許可は与えていない。次に無断で口を開けば、喉を切る」
さっと目配せし、トローを地面に押さえつけさせる。
「貴様らに与えられた選択肢はいくつかある。1つ、即時即刻の処刑。2つ、鉱山での一生涯に渡る重労働。3つ、奴隷として海外へ売り飛ばされる。4つ、死んだものとして生きる。さぁ、どれにする。」
4つ目を口に出したとき、賊どもがざわりとどよめいた。そもそも選択肢が与えられることがない点において、今回は特例中の特例と言える。
発言を求めてか、幾人かが手をあげたが、それを無視してさらに続けた。
「個人の意見は聞かん。賊だが、元騎士団であることから、一蓮托生とみなす。判断は、元騎士団長のトローに委ねるとする」
地に伏せているトローに一斉に視線が向けられた。彼は、押さえつけられた無理な体勢から、発言権を求めて挙手をした。相当激痛がしているだろうに、顔に出さない胆力だけは認めてやる。
「4つめの死んだ者として生きる、というのはつまりどういうことなのか」
「言葉遣いがなっていないようだ」
ぐっと顔をゆがめ、言葉を飲み込んだらしい彼は、再び口を開いた。
「死んだものとして生きるということは、どういうことでしょうか」
「それは——」
「我々のように生きるということだ」
音もなく、お仕着せを着たコスタンツァとベルナールが姿を表した。ここにいるほとんどの者が、二人に煮え湯を飲まされている。ギラギラとした瞳で睨みつける者、恐怖に震える者、そして冷静に見つめる者。反応は様々だ。
(——俺は置いてけぼりか)
突っ込みたいが、二人がそれを許さない。
「それは、暗殺者集団の一団になれと、そういうことか。」
内心燃えるような激情に駆られているのを、必死に押し隠しているように見える。
「ええそうよ。今回のことで、私たちはお嬢様付きになることが決まったの。そうすると、ぼっちゃまに付くものがいなくなるでしょう。」
「近衛だけだとなにかと不安がありますから」
失礼な物言いだが、実際問題そうだから反論もできない。そうでなければ、過去、彼らの侵入を許すはずがないのだ。
「それにね、最初は選択肢は3つだけだったのよ。お嬢様が4つめを陛下に懇願されたの。あんな思いをされたのに、あなた達を切り捨てることが、お嬢様にはどうしても出来なかったのね。前の国で、守ってもらった恩を覚えてらっしゃるのよ」
さわさわと優しい風が、裏庭を通り過ぎた。
ルナリス嬢が懇願したと聞かされた奴らは、驚いたように目を見開いた。色なしと蔑み、誘拐未遂犯をかばう人間がいるなんて、普通は思わないしな。
「それを無下にするなら、仕方ない。どうせ鉱山へ行っても奴隷になっても待つのは死のみ。そんなに死に急ぎたいならば、この老骨が今ここで、直接その無駄な命を刈り取ってやろう」
すらりと獲物を取り出し、ジリジリと距離を詰め、今にも飛び掛からんとする二人を、どうにか押しとどめる。近衛騎士からも殺気がにじみ出ている。
「まだ奴らは回答を出してませんから、もうちょっとお待ちくださいね。」
「あら、あんまり待たないでちょうだいね。老い先短いのよ」
「ほほ、年寄りは物忘れも多いですから。待てと言われたことも忘れてしまいますね」
ニコニコとしても獲物は両手に持ったまま。はぁとため息がもれ、頭痛がしてきた。
(——本当にこいつらがルナリス嬢付きになって大丈夫なのか?)
「ルナリス様が、そのような……我らに、チャンスをくださったのか」
トローが独り言のように口に出した。まっとうな姿で生かしてやることはできない。せめて、どうにか、という交渉がなければ、この場で引き出された瞬間に処刑だ。
「さぁ、どうする。」
ずっとざわついていた奴らだが、もう意思は決まっているようだ。お互いの目を見て頷きあっている。
緊張感が否応なしに高まる。
「我らは許されないことをしました。でも、生きるチャンスを与えてくださった、ルナリス嬢に報いたい。4つ目の選択肢を選ばせてください。」
トローの返答と共に、賊どもが深々と頭を下げた。
最初からそうなるだろうとは思っていたが、1つ目を選んだら、ルナリス嬢からどんな事を言われるか、内心ちょっとビクついていた。
「あら残念。」
「おやまぁ。」
ようやく獲物をしまった恐ろしい侍女頭と執事は、つまらないという風な顔をしている。あれだけ煽っておきながら、なんとふてぶてしいのか。
「では、グレン卿、この者たちは預からせていただくわね。殿下の身辺を守れるよう、みっちりしっかりぎゅっと鍛えてお返しします。」
「ええ、それはもう、絶対に歯向かおうなんて思わないくらいに、びしっと。明日から、連れてきてください。もちろん身綺麗にさせてから、です。」
そう言って立ち去りかけた二人は、急に踵を返して戻ってきた。
「そうそう。大事なことを忘れていたわ」
「次に私たちの大事なお嬢様、お坊ちゃまを歯牙にかけようとしたら、その時は——」
「「この上なく残酷で残虐に、あの世にいけないくらいにすり潰してやる」」
そう言い放った二人からは、気を抜いたら嘔吐するくらいの生臭い殺気が放たれた。気付けば、背後には、二人の教え子たちが無数に控えている。我らを取り囲み、いつでも見ているぞ、と言わんばかりだ。
(——いつからそこにいた、全く気付かなかった)
背中を流れる汗が気持ち悪く、近衛騎士にも賊の中にも、口元を抑える者がチラホラいる。この二人だけは絶対に敵に回してはいけない、逆らってはいけない——この場にいる生きとし生ける者の本能にそう刻まれた。
——二度と、敵に回してはならないと。




