【閑話】 知られざる立役者たち
第一皇子殿下より指名され、使者殿から直々の書状を受け取ったときは、商人としての人生が終わったのだと思った。己の知らないところで何か不正に関与してしまったか、いずれにしろいいことではないと思い、震える指で開封した。
薄目を開けて読んだところ、なんとドレスを仕立ててほしいとの要望で、肩透かしを食らった気分だった。だが、期間が3週間しかない、というところで、我が目を疑った。
(——3週間!?それじゃ本当にぎりぎり間に合うか、間に合わないかの瀬戸際じゃないの)
いや、待てよ、とも考える。これはチャンスだ。今まで、庶民も出入りするからと、我が月桂樹の輪は、貴族向けの高級路線部門もありながら、長らくワンランク下の店だと陰で馬鹿にされていた。あぁ、その店ね、と。
けれども、自分の店のドレスが、他のどの店に劣る、などと思ったことはさらさらない。いや、それよりも、販路が広いからこそ手に入れられる素材や人材には事欠かなく、ウチが一番だという自負がある。
「間違いなく受け取らせていただきました。すぐに参上いたしますので、支度するお時間を少々くださいませ」
この大きなチャンスを断る理由がなく、すぐに最低限の身支度を整え、秘書のローラにあれこれ細かい指示を出した。
ローラは目を白黒させていたが、今からそんな調子じゃ困るわ、と軽口を叩き、自分を追ってサンプルや素材、小物類を送るように手筈を整え、意気揚々と乗り込んだ。
(——ドレスをとのことだけれど、第一皇子殿下にお相手がいるなんて、聞いたこともないわ)
もしかしたら未来の帝妃になる方にお会いできるかも、と少々鼻息も荒くなってしまう。あわよくば……と欲が出てしまうのは、商人の性であろう。
いざ……! と対面すると、そこにいたのは。
「ルナリスちゃん!?」
なんと彼女は隣国の公爵令嬢だという。
(——妙に浮世離れしていて、庶民ぽいのに所作が美しく、ちぐはぐな印象はそういうことだったのね。)
彼女とはなにかと縁があるし、なによりも、この国での初めての両陛下との対面とお茶会を成功させてあげたい。それに、なんだかんだ言って、このかわいらしいお嬢さんのルナリスが好きなのだ。
「殿下、精一杯頑張らせていただきます。それにルナリスちゃん、絶対に素敵なドレスを作りましょうね」
彼女の手を取ると、可憐な花が咲くように、愛らしい微笑みを見せてくれた。さあ、ここからは私の腕の見せ所ね。控室に待たせていたお針子を呼び寄せ、二人の採寸をそれぞれ行った。
その間に、大量のデザイン画を用意し、二人に選んでもらった。もちろんおすすめを交えつつ。最終的に、二つのデザインを合わせるというルナリスのアイディアを採用した。素晴らしいわ。
ここからが一番大変なところ。生地選びね。
月桂樹の輪から、ありとあらゆる生地をサンプルで運ばせた。ルナリスちゃんなら、色の濃いものよりも、薄めで、淡い光沢のある色が似合う。
とはいっても、シルクにオーガンジー、オーガンザ、タフタに、それにレースもある。白だけでもバリエーションは無限大だ。そこに生地の種類が加わると、無限大にも思えるような幅がある。
だけれども、そこで不思議なことが起きた。
「マーサさん、このシルバーグレーのシルクにサテンを重ねてはおかしいでしょうか。袖はオーガンジーを重ねて、こんな風にふんわりと。裾には銀で蔦模様の刺繍とレースで、内側にペールグリーンをそっと入れてみたら、と思うのですが」
彼女が指し示す先に、布地の奥から滲むような光が見える。まるで、この子に似合うのはこれだよ、と指し示すかのように。目を擦って二度見したけれど、やはり、ランタンのような柔らかな光が灯る。
「いえ、全然おかしくないですよ。むしろ、洗練されてとても上品です」
アクセサリーを選ぶ時も、小物を選ぶ時もまた同じだった。
(——もしかして彼女は)
そこで、はた、と昔の物語を思い出す。そう、そういうことなのね。なんでもっと早く気づかなかったのかしら。いえ、でもまだ公になっていないもの。商人は口が固くなくてはいけないわ。
そうして全てを駆け足のように決めると、とっぷりと日が暮れていた。
「ではこれから急ピッチで進めさせていただきますね」
二人の前から辞すると、大急ぎで取って返し、待ち受けていたお針子に厳命した。
「未来の帝妃のために、時間はない。でも、一針も妥協はしない。この上なく丁寧な仕事を。さぁ始めましょう」




