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花咲く王国で恋をしない ~乙女ゲームの世界のヒロインに転生した元男ですが、何をすればよい?~  作者: 水無月 黒
終章 卒業後編

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閑話 メイ=フライ

・2026年3月31日 誤字修正

 誤字報告ありがとうございました。


ブックマーク登録およびリアクションありがとうございました。

 フラワーガーデン王国王妃、メイ=フライ・フラワーガーデン。

 彼女は、現国王フロックス・フラワーガーデンが王太子時代に隣国インセクティア皇国から輿入れした。

 大国インセクティア皇国における国王に相当する皇王、その娘である皇女メイ=フライ・インセクティアとして生を受けた、異国のお姫様である。


 インセクティア皇国の歴史は古い。

 元々大陸南部は小国が乱立し、時に利権をめぐって対立し、時に協力して共通の敵国に当たり、国同士の力関係も同盟関係も頻繁に入れ替わる混沌とした世界だった。

 そんな混沌とした小国家群から頭角を現し、大国にまで上り詰めたのがインセクティア皇国である。

 その歴史は戦いの歴史であった。

 周囲の小国や国にもならない少数民族を武力で制圧して吸収合併、場合によっては徹底的に滅ぼした。

 途中、停滞期や減退期をはさみながらも一千年間、拡大を続けてきた覇権国家である。

 その頂点に立つ皇家は、絶大な権力と強大な武力、そして国中から集めた莫大な富を手にしていた。

 一見、優雅で豪華な暮らしを送っていると思われがちなインセクティア皇族であるが、その裏では血生臭い闇の歴史が存在していた。

 インセクティア皇国は他国を武力で制圧して拡大してきた侵略国家である。

 国が拡大する過程で多くの恨みを買っていることは間違いない。

 その統治は比較的寛容であり、征服された国の民であっても自国民として独自の文化や宗教を継続することが認められた。

 寛容な多民族国家だったからこそ大国になれたとも言えるが、いつの時代、だれに対しても平等で公平であったわけではない。

 時に迫害される民もいれば、時に弾圧される思想もあった。

 時には、制圧された他国民や異民族が平等に扱われることに不満を抱く者もいた。

 皇王の権力の強いインセクティア皇国では、社会の不平不満は皇王に向かいやすい。

 あまり公表されることはないが、歴史上暗殺された皇王や皇族はそれなりの数に上る。

 そして、悪意を持つ相手は、必ずしも外部からやってくるとは限らない。

 ただ一つの皇王の座をめぐって、親類が、兄弟が、時には親子が争うのだ。

 皇家に忠誠を誓う貴族たちも、この件に関しては当てにならない。

 彼らも自分達が相応しいと思う、もっと言えば自分たちに都合の良い者を皇王に立てようと画策する。

 たとえ皇王の座に興味がなくても、邪魔になると思われれば命を狙われる。生き延びたければやられる前にやるしかない。

 一度殺し合いが始まれば、当人の意思にかかわりなく暗殺合戦が止まらなくなることも珍しくない。

 インセクティア皇国の皇宮――王宮に相当する皇族の住居――は魔窟であると昔から言われてきた。

 魔窟で生き延びるには知識を蓄え、武芸を身に着け、優秀さをアピールして味方を増やし、権謀術数を駆使して上手に立ち回る必要がある。

 インセクティア皇国の皇族が文武に秀でた傑物が多いといわれるのは、この過酷な魔窟を生き延びてきたからであろう。

 幼いころから英才教育を受け、同じ境遇の兄弟に負けないように必死に努力する。そうしなければいつ間引かれてしまうか分からないからだ。

 そんな魔窟で生まれ育ったメイ=フライは、しかし、例外的に甘やかされて育った。

 理由は幾つかあった。

 まず、女子であるメイ=フライが皇王になる可能性はほぼ無い。

 女性皇王の例が無いこともないが、男性の皇位継承権保持者が全滅するような非常事態に、権力を握る多くの貴族の支持を受け、皇王の職務を担えるだけの実力を認められた男性を夫にするなどハードルはかなり高い。

 メイ=フライが生まれた時には年の離れた兄たちが既に次期皇王を目指して地盤固めを始めており、物心ついた時にはその趨勢はほぼ決していた。

 次期皇王をめぐる争いが一段落し、政治的勢力図の書き換えが終わったこの時点で、それらを全てひっくり返そうとする者はまずいない。

 ここからひっくり返すには皇子を全員殺すくらいの無茶な荒事が必要になる。

 確実性はなく、リスクは高く、成功したとしても後に残るのは無駄な争いで疲弊し弱体化した大国の立て直しの仕事である。

 どう考えても割に合わないので、皇位継承問題に関してメイ=フライの存在は完全に無視された。

 とは言え、別に皇位を狙わなくても皇女としての競争や争いは存在する。

 それは、主に嫁ぎ先に関するあれこれである。

 インセクティア皇国に限らず、この世界では多くの国において女性の地位は低い。

 皇女であっても女性が直接的に政治に口出しすることは難しかった。

 特に、未婚の女性は半人前扱いされる。

 女性は男性の庇護下にあることが当然と考えられ、未婚の女性は父親の庇護下にある親離れできない子供として扱われてしまうのだ。

 女性の社会的信用はパートナーとなる男性の信用に依存する。だから、女性が社会で活躍するためには、まず相応しい伴侶を手に入れる必要がある。

 皇女ともなれば、婚姻の相手は他国の王族や上級貴族となる。

 庶民どころか下級貴族にとってもなかなか手の届かない高嶺の花だが、その中にも優劣は存在する。

 その中で、最も良い相手に自分を選ばせるために、皇女たちは互いに競い争う。

 王侯貴族の婚姻は、多くが政略結婚であり女性は政治の駒に過ぎない。

 けれども、その女性だって相手の男性を利用するのだ。

 魔窟で育った皇女たちは、自分のために最適な伴侶を探し、その相手に自分を選ばせるためにあらゆる手段を講じる。

 だが、メイ=フライはそうした苛烈な婿探しとも縁がなかった。

 メイ=フライは他の兄弟とはずいぶんと年が離れていた。

 おそらくは、皇王にとっても予定外の子供だったのだろう。

 通常、インセクティア皇国の貴族たちは、皇王の子供に時期を合わせて自分たちの子供を儲けるように調整する。

 子供が皇族と結ばれれば外戚として影響力が増すし、友人関係となって信頼を得られれば出世の道も開けてくる。

 だが、予定外の子供であったメイ=フライと同年代の貴族の子供はほとんどいなかった。

 いても下級貴族の子であり、皇女とは身分が違いすぎて、婚姻相手どころか友人としてもつり合いが取れなかった。

 メイ=フライの嫁ぎ先としてふさわしい相手は国内にはいなかった。

 残るは他国の王族や上級貴族との婚姻くらいだが、その当時積極的に政略結婚を行おうと考える国はなかった。

 元々関係を深めようと考えていた国内外の貴族や王族には既に対応済みで、予定外の子供であったメイ=フライの出番はなかった。

 皇家の政略結婚は兄や姉たちが過不足なく成功させてしまったから、メイ=フライは必要なくなったとも言える。

 結果として、奇妙な政治的エアポケットが発生した。

 本来ならば政治の駒であるはずの皇女が、政治的に全く使い道がないのだ。

 だが、政治的に何の役にも立たないということは、逆に言えば誰の脅威にもならないということだった。

 いてもいなくても変わらない皇女に、わざわざ刺客を送り付けてくる者はいなかった。

 また、メイ=フライの周囲には同世代の子供はいなかった。

 婚姻の対象となる男子だけでなく、同性の女子の姿もなかった。

 歳の離れた姉たちは既に全員結婚しており、同じ皇族の親戚にも年の近い子供はいなかった。

 上級貴族の子供は兄や姉たちに合わせて生まれてきており、男女共に同世代はいなかった。

 それは、終生の友となり得る幼馴染がいないということであるが、同時に競い合うライバルも存在しなかった。

 つまり、政治的な野心からだけでなく、個人的な理由からも衝突する相手がいなかったのである。

 皇宮という魔窟で生まれ育った皇女として、メイ=フライは例外的に過酷な生存競争を経験していない。

 皇族の義務として、幼いころから英才教育は受けているが、そこには兄や姉たちが経験してきた必死さはない。

 落ちこぼれれば淘汰されるという危機感も、他の子供(ライバル)と比べられる劣等感も、逆に優秀だったが故に受ける妬み嫉みも、メイ=フライは一切知らずに育ってきた。

 それは魔窟とは思えないほど平和でのどかな少女時代だった。

 当然、必死さ真剣さの足りないメイ=フライの能力は、優秀な者の多い皇族の中では一段も二段も劣ったものになった。

 政治的に無価値で本人の能力も低い。

 実力主義のインセクティア皇家において、本来無能は死である。

 皇家のお荷物一族の恥とさぞ冷たい扱いを受けているだろうと思いきや……

 父親である皇王も、兄弟である兄や姉たちも、メイ=フライのことを可愛がった。

 インセクティア皇家の家族関係は殺伐としたものなのだ。親子兄弟であってもいつ寝首を掻かれるかわからない。

 その点、メイ=フライは何の心配もいらなかった。

 利用価値がないから彼女を担ぎ上げて事を起こす者はいない。

 本人の能力が低いから、裏切ろうと、何か企もうと、どうとでも対処できる。

 安心して可愛がることのできる貴重な存在だったのだ。

 皇王本人や、権力を持つ皇族の兄弟たちが可愛がる以上、他の者もメイ=フライを無下には扱わない。

 必然的に、他の皇族に準じた扱いになる。

 つまり、メイ=フライを甘やかす。

 メイ=フライは優秀である必要はない。

 必死になって勉強しなくても、体を鍛えなくても、権謀術数の技術を磨かなくても、メイ=フライが暗殺される危険性はまずない。

 最初は他の皇族に対するのと同じように皇族の厳しさを説いていた教師も、煩いことは言わなくなった。

 メイ=フライに求められているのは優秀さではない。

 難問を解決する賢さも、激務に耐える体力も、陰謀を巡らせる狡猾さも必要ない。

 皇王に可愛がられることが仕事だと思えば、多少おバカなくらいでちょうどいい。

 皇族として人前に出せる最低限の教養さえ身に着ければそれでよい。

 メイ=フライに対する教育目標は大幅に引き下げられた。


 インセクティア皇国の皇族は、どこか人として歪んでいると云われていた。

 大国の支配者としての絶大な権力と莫大な富という人の羨む恵まれた生い立ちの反面、大国を導かなければならない重責と親兄弟でも信用できない孤独と緊張を強いられるストレスの多い生活を送っていた。

 他国の王族も似たような傾向はあるが、中央集権の強いインセクティア皇国では特にこの傾向が顕著だった。

 特殊な環境で多少性格が歪んでも大国を統治していけるのは、魔窟で鍛えられた優秀さ故だろう。

 だが、メイ=フライに関してはこれが当てはまらなかった。

 政治の舞台から除外されたメイ=フライは、国を導く重責を背負うことはなかった。

 魔窟での生存競争を経験していないメイ=フライは、親兄弟すら信じられない厳しさを知らない。

 同世代の友人がいないという点では孤独を感じているかもしれないが、親や兄弟の愛情を一身で受けていた。

 その一方で、多くの人が逆らえない皇女としての権威と、欲しいものはおおよそ何でも手に入る皇家の財力は健在だ。

 この環境で育ったメイ=フライは、他の皇族とは別方向に歪んだ。

 結論から言えば、とんでもなくわがままに育ったのである。


 メイ=フライを知る者のほとんどは、彼女をわがままだと言う。

 自分の願ったことはなんでも叶うのが当然で、そのために奔走した者を労うこともない。

 そして、どんな無茶苦茶な願いでも実現できないと言われると怒り出すのだ。

 それが何のために願ったことなのか、どういった重要性があるのかなどといったことは関係なく、ただ自分の思い通りにならないことに腹を立てる。

 可能な限り希望に沿ったと言っても納得しないし、代替案を出してもほとんどの場合満足することはない。

 わがままで気難しい娘、それが多くの人の認識だった。


 だが、メイ=フライ本人の認識は少し違っていた。


 メイ=フライは自分自身のことを、虐げられた可哀想な人間だと認識していた。

 メイ=フライが可哀想ならば可哀想でない者はいないと世間一般の人は思うだろうが、そもそもメイ=フライは世間一般など知らないし知ろうとも思わない。

 世間一般からかけ離れた生活をしているメイ=フライの心情を理解することは難しい。

 だが、共感はできなくても、そのような思考に至った過程ならば想像することは可能だ。


 人は慣れる生き物である。

 貧乏で苦しい生活も、慣れてしまえばそれが当たり前になる。

 同様に、裕福で贅沢な生活であっても、人は慣れる。

 慣れてしまえばそれが当たり前になり、裕福とも贅沢とも思わなくなる。

 普通ならば他の多くの貧しい者を知ることで自分が裕福であることを認識するのだが、皇宮に隔離されていたメイ=フライは他の暮らしを知らなかった。

 メイ=フライは、自分が恵まれていることを知らずに育った。

 どれほど豊かで贅沢でも、それが当たり前でそれしか知らないのならば、その生活が基準であり前提となる。

 幸せはその上に築かれるもので、基準に満たなければ不幸であり、前提が崩れれば理不尽に感じる。

 こうした心理は、別に特殊な生い立ちのメイ=フライに限ったことではない。

 例えば、住む場所を失って困っている友人を見かねてただ同然で借家を貸した家主がいたとする。

 この場合、家賃の免除は単なる厚意であって、請求できない正当な理由は存在しない。

 困っている時に純粋な厚意から助けてもらい、さぞや感謝することだろう。

 だが、その状態が十年二十年と長く続くとどうなるか?

 経済的に苦しくなってきた家主が、「そろそろ家賃を払って欲しい」と申し出た時にどのような反応を返すだろうか。

 これまでの厚遇に感謝して、何か月分かさかのぼって家賃を納めようとするだろうか?

 そういう人もいるかもしれないが、それができる人はもっと前に自主的に家賃を支払うことを申し出るだろう。

 その一方で、家賃を支払うことに不満を感じる者も出てくるだろう。

 家賃の免除はあくまで家主側の厚意にすぎず、家賃の免除を要求する権利は一切存在しない。

 しかし、長い間家賃免除の状態が続くとその状態が当たり前になり、家賃を請求されることが何か不当な要求に感じれるようになるのだ。

 あるいは、家賃を払わないことを前提に家計を回してしまっている場合、家賃の請求は人の家庭を破壊する理不尽な要求に感じられるかもしれない。

 それでも経緯のわかっている当人同士ならば恩を仇で返すような恥知らずな真似をする者は少ないだろう。

 だが、子供の世代にまで持ち越すとさらにややこしいことになり得る。

 子供の世代になれば、親同士が感じていた友情や恩義が引き継がれるとは限らない。情を交えないドライな対応が必要になる。

 しかし、その借家で生まれ育った子供にしてみれば、生まれた時から家賃を払うことなく住み続けている家である。

 だから、今後もずっと家賃など払わなくても住み続ける何らかの権利があるかのような思い込んでしまうことはあり得る。

 この、今までずっとその行為が許されてきたのだから、これからもずっと許され続けるのが当然の権利であるかのごとく思い込むことは、意外と多くの人がやりがちな発想である。

 ただ、その思い込みが正しいことを客観的に検証しないで感情のままに主張すると、家主が店子に家賃を要求する行為をまるで犯罪であるかのように非難する非常識な人が出来上がる。

 メイ=フライがちょうどそんな状態だった。


 皇女として生まれたメイ=フライにとって、何でも自分の思い通りになることが当たり前だった。

 他の皇族ならば兄弟や親族との競争があり、優秀さをアピールして貴族を味方につける政治工作をする中で思い通りにならないことは数多く経験するし、他者を思い通りに動かすために何をどうすればよいかを必死に考えることになる。

 しかし、メイ=フライの場合は、ただ言えば誰かがその通りにしてくれることが当然であった。

 自分を妨害してくるライバルはおらず、政治に関わらないのだから貴族を味方につける必要もない。

 他人を動かすために自分が頭を悩ます必要は全くなかった。

 英才教育として社会の仕組みは習ったが、それを自分と関係ある事柄だとは認識しなかった。

 メイ=フライにとっての現実は、望めばその通りになるという事実だけだった。

 特に、幼少期にメイ=フライに付けられた世話係は優秀だった。

 ある意味優秀すぎた。

 メイ=フライから要望の詳細を聞き取るふりをして、その望みを現実可能な範囲に誘導して行ったのだ。

 だから、必ずメイ=フライは満足する結果を得られた。

 おそらく、この時期がメイ=フライにとって最も幸せだっただろう。

 しかし、成長するにつれてどんな望みでも叶えることは困難になっていく。

 幼いころの世界は小さい。手の届く範囲、目の届く範囲が世界のすべてだ。

 小さな世界に対して望むことなどたかが知れている。

 成長して知識や経験が増えると世界は広がる。

 その中には、人知の及ばない自然の造形もあれば、数多くの人の営みによって生まれる社会の仕組みも存在する。

 どれほどの権力者も、どれほどの大金持ちも、たやすく思い通りにできないことはいくらでもある。

 わがままに育った者も、わがままの通用しない壁にぶち当たって、世界との向き合い方、人との関わり方を見直すことになる。

 思い通りにならない現実に直面したメイ=フライは、しかし、その原因を周囲の人間にあると考えた。

 幼少期の成功体験が忘れられないからか、もともとそういう気質だったからか、メイ=フライは現実と向き合って自分を変えることよりも、周囲の人間に正しく自分の望みを実現させようとした。

 メイ=フライから出される要望が微妙に細かくなったり、突然世話係を変えるように言ってきたりするようになったのは、彼女なりの努力だった。

 当然それで状況が改善されるわけもなく、メイ=フライはさらに歪んだ。

 すなわち、自分は虐げられていると考えた。

 メイ=フライにとって、自分以外の人間は二種類しか存在しない。

 父である皇王や兄や姉たち自分を可愛がる家族と、それ以外の人間である。

 そして、家族以外の人間としては、自分の世話係など自分の望みをかなえるために働く下僕のような立場の者しか知らなかった。

 メイ=フライにとっての人間関係は、自分と家族と下僕の三種類で完結していた。

 幼少期から続くその認識は、成長しても変わることはなかった。

 自分の思い通りになることが当然の権利である以上、下僕には自分の望みをかなえる義務がある。

 明確に意識してはいないが、メイ=フライの言動の根底にはそんな考えがあった。

 だから、自分の思い通りにならないことがあれば、それは下僕が義務を果たさなかったということであり、その結果として当然の権利が侵害されたことになる。

 それが故意だろうと能力不足であろうと法的に問題があろうと物理的に不可能だろうと関係ない。

 メイ=フライは過程も方法も気にしない。それは下僕が考えることだからだ。

 結果が思い通りでなければ、それは自分の権利が侵害されたと考える。

 何故思い通りにならなかったのかとも考えない。それも下僕の考えることだからだ。

 だから、下僕が自分を蔑ろにして義務を果たしていないとしか思わない。

 そして、思い通りにならないことが続いたため、自分は虐げられているのだと結論付けたのだ。

 メイ=フライにとっては理路整然、明々白々な事実であったが、それを理解する者は誰もいなかった。

 そもそも、メイ=フライには自分の考えを他人に伝えて理解させようという発想はなかった。

 特に、自分にとって自明のことなのだから他人だって理解していて当然、と考えるのがメイ=フライである。

 メイ=フライが何も言わなければ、他の者にとってはいつものわがままとしか思われなかった。

 こうして、メイ=フライの中に生まれたな歪みは、誰にも知られず正される機会もなく、静かに育っていくのだった。

 メイ=フライが可哀そうな人間であるという点は、ある意味正しいのかもしれない。


 ある時期からメイ=フライは権力を求めるようになった。

 別に政治に関心を持ったわけではない。

 メイ=フライの目的は、あくまで自分の当然の権利を回復することである。

 この部分だけ聞くとささやかな願いのように思えるかもしれないが、その内容は究極のわがままである。

 ただ、メイ=フライ本人としては、本当にささやかな願いでしかないのだ。

 自分の思い通りにしたいと言っても、社会をどう変えて何をしたいという具体的な目的は存在しない。

 単に、自分の思い通りにならない不満を解消したいだけなのである。

 権力を求めたのも、権力をふるって何かをしたいわけではない。

 大きな権力を持つ者ほど自分の思い通りにできることを学んだからである。

 そこには、メイ=フライの世話をしている者たちが関係している。

 メイ=フライの近くで世話をしている者たちは、彼女の無茶なわがままで日頃から苦労していた。

 その苦労の結果編み出したのが、メイ=フライのわがままを断る必殺技だった。

 それは、皇王の名を出すこと。

 皇王は、父親としてメイ=フライを猫可愛がりし、そのわがままを最も聞き入れてきた本人である。

 だが、一国の主として、公私の区別はしっかりと付けていた。

 私的な部分だけでも権力財力の大きさでたいがいの願いは通ってしまうのだが、国益を損なうようなわがままはきっぱりと断っていた。

 必要とあらば身内でもあっさりと切り捨てるのがインセクティア皇家である。そのあたりは容赦がない。

 メイ=フライも、父親にダメと言われたらそれ以上は何も言えなかった。

 だから、メイ=フライのわがまま対策として、皇王の名前は多用された。


「皇王陛下の許可が必要です。」

「皇王陛下に却下されました。」

「皇王陛下に相談してはいかがでしょう?」


 メイ=フライにとっても、父親である皇王は特別な存在である。

 下僕扱いのその他大勢ではなく、家族枠の筆頭である。

 そして、様々な望みをかなえてくれた、メイ=フライの権利を保障する偉大な保護者であった。

 その最も頼りにしてきた父親が、自分の権利を阻害する壁として立ちはだかった。

 人生二度目の大きな壁である。

 メイ=フライは悩んだ。

 もしも、もっと早い時期に皇王が壁となって立ちふさがり、メイ=フライのわがままを諭したとすれば、まだ更生の余地があったかもしれない。

 しかし、いろいろと歪んでしまったメイ=フライは、ここでも歪んだ結論を出す。


 偉ければ他人の権利を侵すことができる。

 偉くなければ思い通りにすることができない。


 ある意味正しいのかもしれないが、とても歪んだ認識だった。

 権力とは何か? メイ=フライは知識としては知っているが、その本質を理解してはいない。

 何のために権力が存在するのか?

 権力を用いて何をしなければならないのか?

 そして、権力をふるうことの責任の重さ。

 偉くなるために権力が必要としか理解していないメイ=フライには、何一つ分かっていなかった。

 もしもメイ=フライが権力者の座に就いたとしても、その職務は下僕扱いの他人に丸投げになるだろう。

 同様に、皇王が偉いことは知っていても、何故偉いのかは理解していない。

 皇王の職務の重要性も、職責の重さも何一つ理解していない。

 そもそも、メイ=フライにとって皇王は父親でしかない。皇王の私的な面しか見ていないから、公的な部分を全く知らなかった。

 そして、政治的な役割から除外されたメイ=フライには、私的な生活しか存在していない。

 私的な生活での望みをかなえるために、公的な権力を求めたメイ=フライは、最初から色々と間違っていた。

 この件について、メイ=フライに協力するものは誰もいない。

 いくら望んでも、メイ=フライが権力を手にする日は来ない、はずだった。


 メイ=フライが適齢期に入ったころに問題が発生した。

 正しくは、先送りしていた問題が表面化した。

 メイ=フライの嫁ぎ先がないのだ。

 元々、上級貴族の中に同世代の子供がおらず、政略結婚の対象外となっていたのがメイ=フライである。

 適齢期が近付いてもその状況は変わらず、政略結婚の対象となる嫁ぎ先は現れなかった。

 政略結婚ならば、何も迷うことはないのだ。

 国益のためならば、可愛い愛娘を親子ほども年の離れた貴族の後妻にすることも、第二夫人や愛人枠に押し込むことも厭わない。

 それが皇王としての判断ならば、そこに私情を挟むことはない。

 だが、政治が関わらない私的なものならば、娘を幸せにしてやりたいと思うのが親の情である。

 未婚の女性が軽んじられる社会故に、メイ=フライの幸せに結婚は必須。

 しかし、相手を選ぶ必要がある。

 まず、家格が大きく異なる相手と結婚しても不幸になる公算が高い。生活が違うから苦労するのだ。

 皇女と釣り合う家格となると、上級貴族であることが最低ラインだが、国内の上級貴族に適切な相手がいないから困っているのである。

 国外の貴族や王族相手の場合、ほぼ政略結婚になる。政治的意図の見えない婚姻の申し込みは、相手国に警戒されることになる。

 例外的に当人同士が惹かれあって婚姻に至る恋愛結婚もあるにはあるが、箱入り娘のメイ=フライにそんな出会いは存在しなかった。

 他には、功績のあった下級貴族を陞爵したり、身分は低くても英雄的な活躍をした人物を貴族に取り立てて、褒賞として皇女を嫁がせる方法もある。

 元は皇女には不釣り合いな身分だったとしても、褒賞の一環として皇家がガンガン支援すればメイ=フライが不自由な生活を強いられる恐れもないだろう。

 だが、あいにくとそこまでの功績をあげた者はいなかった。

 裏から手を回して、有望そうな若者にそれっぽい功績を上げさせることも可能だが、そこまでするには政治的なあれこれが絡んできて面倒なことになる。

 国の最高責任者である皇王だからこそ、国益を損なう真似はできなかった。

 それに、メイ=フライがとんでもなくわがままであることは、既に知れ渡っていた。

 これでは、功績をあげたことの褒賞ではなく、何かの罰としてメイ=フライを押し付けているように思われてしまいかねない。

 実際、内々に打診した何人かに縁談を断られていた。

 こんなことならばもっと厳しく躾けておいたほうが本人のためだったと、今更後悔しても手遅れである。

 インセクティア皇国の皇王は大国の支配者として有能だと評判だった。

 しかし、一人の父親としてはあまり優秀ではなかったようだ。


 そんな折、メイ=フライを政略結婚に利用する話が持ち上がった。

 相手はフラワーガーデン王国の王家である。

 フラワーガーデン王国は北に接する隣国であるが、インセクティア皇国としてはあまり重要視していなかった。

 フラワーガーデン王国はインセクティア皇国に比べれば、とるに足らない小国である。

 フラワーガーデン王国だけならば、今頃はインセクティア皇国に飲み込まれていただろう。

 インセクティア皇国は千年にわたって国土を拡大し続けてきた侵略国家なのである。

 フラワーガーデン王国が国家として独立を保っていられる背景には、ソルフォレスト帝国の存在がある。

 北の大国ソルフォレスト帝国は、現在唯一インセクティア皇国と対等に戦うことのできる強大な帝国である。

 全面戦争になったら、インセクティア皇国も無事では済まない。

 さしものインセクティア皇国も、ソルフォレスト帝国に対してだけは慎重にならざるを得ない。

 フラワーガーデン王国はある種緩衝地帯だ。

 直接交渉でヒートアップして全面戦争にならないように、フラワーガーデン王国経由で相手国に干渉しようとする。

 ソルフォレスト帝国側も同じようにフラワーガーデン王国を利用しているのだろう。

 だから、インセクティア皇国のフラワーガーデン王国に対する扱いは、適度に飴と鞭を使い分ける。

 ほどほどに仲良くするが、舐められないように時には威嚇もする。

 その威嚇目的で起こして紛争が、少々効果がありすぎた。

 フラワーガーデン王国がインセクティア皇国に対して危機感を持ち、敵対的な感情を持ち始めたので、今度は少し懐柔策を行うことになった。

 その懐柔策の一つが、インセクティア皇国の皇女をフラワーガーデン王国の王家に輿入れすることだった。

 だが、皇王はこの政略結婚に消極的だった。

 可愛い愛娘を他国に出したくなかったから、ではない。

 政略結婚の効果に懐疑的だったからだ。

 確かに、戦っていた相手国の姫が輿入れしてくれば戦争が終わったと実感できるだろう。

 他国の姫であっても王妃になれば自国の国母であり、その出身国に対して親近感を持つようになることが期待できる。

 嫁ぎ先の国の人間になっても出身国に対する伝手(コネクション)は残っている。

 何かあったときに、王妃を通じて他国に助けを求めるような選択肢が増えるのだ。

 実際に他国に支援を求めるかどうかはともかくとして、無駄に可能性をつぶす意味はない。

 だから、相手国に対して友好的になりやすい。

 それが、一般的な政略結婚の目的だ。

 嫁いだ先で王妃に収まれば効果は大きいが、王妃でなくても王族や有力貴族の妻でも似たような役割が期待できる。

 さらに、嫁ぎ先の社交界で交友関係を広げていけば、友好ムードはより広がるだろう。

 ついでに、多少でも自国に対する利益誘導を行ってもらえれば御の字だ。

 しかし、嫁いだ先で生国のために活動することは困難だ。

 輿入れした以上はもうその国の人間である。嫁ぎ先の国が自国となり、自国のために行動する必要がある。

 自国の利益を損ねてでも生国の利益を優先したら、それはもう売国奴である。

 売国奴を送り込んでくるような国は嫌われるし、国際的な信用も失う。結局は自国の利益にも生国の利益にもならないのだ。

 だから、自国にも生国にもともに利益が出るように立ち回る必要がある。

 それが不可能ならば、生国の損害をなるべく抑えつつ自国の利益を優先して考えることが求められる。

 この難しい立ち回りをメイ=フライに期待することはできない。

 一通りの英才教育は受けているから、お飾りの王妃ならば十分に務まる。

 お飾りの王妃でも、政略結婚の目的を最低限でも果たせる。

 だから、縁談を進める意味はある。

 けれども、メイ=フライが政略結婚の意味を理解してお飾りの王妃に徹するという保証はない。

 知識はあっても政治的なセンスも経験もないメイ=フライにそのあたりの配慮は期待できない。

 何もしないだけならばまだしも、わがままを発揮して国同士の関係を悪化させたりしたら成果はマイナスである。

 リスクとリターンを比較すると、皇王の判断としてはトントン。

 成果の見込めない案件を進めるのはただ面倒なだけだった。

 ただ、国としての政策を面倒だけで止められるはずもない。

 そもそも、一般的な皇女ならば何の問題もない政略結婚である。多少わがままでも国際関係がこじれるほどのリスクは普通考えない。

 リスクがないならばなるだけやってみるべきだ、というのは正論である。

 皇王の権限で取りやめにするにしても、何らかの理由が必要だった。

 そこで、皇王はメイ=フライ本人に決めさせることにした。

 本人が嫌といえば、それを理由にこの政略結婚を取りやめる。

 文句があるならば自分でメイ=フライを説得しろ、ということである。

 わがままで有名なメイ=フライを説得する役を引き受けてまで文句を言うものはまずいないだろう。

 そこまで重要な案件だと考える者はいなかった。

 そんな経緯で、断られること前提にメイ=フライへの打診が行われた。

 しかし、多くの人の予想に反して、メイ=フライは政略結婚を了承してしまった。

 こうなっては、皇王でももう止められなかった。

 メイ=フライがフラワーガーデン王国に嫁ぐことが決まった。


 なお、ここまでの話は全てインセクティア皇国内部で決まったことであり、もう一方の当事者であるフラワーガーデン王国の都合や希望は一切入っていない。

 フラワーガーデン王国側が拒否すれば、破談になる可能性も残されていた。

 しかし、大国インセクティア皇国にとってはちょっとした脅しに過ぎない紛争も、フラワーガーデン王国にとっては国の命運をかけた大きな戦争である。

 疲弊したフラワーガーデン王国に、平和の使者を拒む選択肢はなかった。


 メイ=フライがフラワーガーデン王国に嫁ぐことを了承した背景には、彼女なりの考えがあった。

 インセクティア皇国にとって、フラワーガーデン王国はとるに足らない小国である。

 だから、わがままなメイ=フライがそんな小国に嫁ぐことを了承するとはだれも思わなかった。

 だが、メイ=フライの目的は、大国の姫としてあがめられることでも、莫大な財力で究極の贅沢を味わうことでもない。

 ただ、自分の思い通りにならない理不尽を正したいだけなのだ。

 メイ=フライにとって皇王は、敬愛する父親であり、もっとも数多くの望みをかなえてくれた最大の庇護者であるが、同時に自分の思い通りにならない最大の壁でもある。

 そこで、メイ=フライは父親である皇王から離れることを考えたのだ。

 インセクティア皇国で教育を受けたメイ=フライにとっても、フラワーガーデン王国はとるに足らない小国という認識である。

 フラワーガーデン王国がどこにある国なのかも理解していないが、どこか遠くの僻地にある国、くらいの認識だった。

 そんな遠い場所ならば、皇王が自分の望みを妨害することもないだろう。そう、考えた。

 メイ=フライの婚姻の相手として名が挙がったが、紛争時に活躍して王太子となったフロックス・フラワーガーデンである。

 順当にいけば、国王になる人物だった。

 僻地の小国であっても、国王はその中で一番偉い人間であり、その妻となれば自分も同じくらい偉い立場になる。

 そして、もともと大国の皇女であることを考えれば、自分はさらに偉い人間と言える。

 つまり、フラワーガーデン王国という小国の中では、自分が最も偉い人間になって、誰にも自分のあたりまえの権利を侵害される恐れはなくなる。

 そう考えたのである。

 あながち間違いとは言い切れない面もある考えなのだが、当然メイ=フライの思い通りにはならなかった。

 順当に王妃になったものの、王妃のわがままを皇王の代わりにフロックス国王の名で止められるだけだった。

 メイ=フライは憤ったが、そこは飲み込んだ。

 インセクティア皇国でも公的には妻よりも夫の方が上に置かれる。

 皇家から臣下の貴族に嫁いだ場合、血統的には上の立場である皇女が、建前上は夫に従う形になる。

 それと同じようなものだと理解した。

 そこで、次に考えたことが、自分の子供を国王にすることだった。

 男子が生まれて国王になれば、名実ともに国で最も偉い人間になる。

 そして、子は親に従うものだから、自分の息子が国王になれば、自分の邪魔をする者はどこにもいなくなる。

 だから、王子が生まれた時には狂喜した。

 勢い余って、赤ん坊に王位を継がせようと迫ったくらいだ。

 これが後に幽閉されることになる一因となる。

 基本的に、わがままなだけでは問題にはなっても罪にはならない。

 わがままを通すために職権乱用や横領を行えば罪に問われるが、メイ=フライは要求するだけで自ら行動することはなかった。

 それでも立場のある人間の言動には責任が伴う。

 特に、王位の簒奪は示唆するだけでも重罪だ。

 メイ=フライの発言はこれに該当する。

 しかし、王妃の幽閉という異常な事態に至った原因は別にあった。

 それは、メイ=フライがインセクティア皇国から連れてきた従者たちの仕業だった。

 皇王は、遠い異国に嫁ぐメイ=フライが不自由しないように、多くの従者を付けた。

 その中には、以前からメイ=フライの世話係をしていた者たちも含まれる。

 日頃から慣れている者たちにメイ=フライのわがままの対応をさせようという考えだ。

 だが、皇王も見落としていることがあった。

 メイ=フライのわがままへの対応は、どうにかして無茶な要求に応えようとする行為だった。

 わがままを抑える役割はあまり期待できないのである。

 さらに、従者の中には皇王以外の意を受けた者もいた。

 メイ=フライを隠れ蓑に王宮に入り込み、内部から情報を収集したり、自国に有益になるように工作したりすることが目的だった。

 言い訳のしようもなく間者であり、派手に活動して露見すれば国の信用と評判は落ちるし、主であるメイ=フライも責任を問われたりと、それなりにリスクの高い行為である。

 しかし、小国と侮ったからであろう、多くの間者が送り込まれていた。

 もっとも、最初から大人数の間者を送り込むつもりではなかったのだろう。どれほど侮っているにしても諜報活動はひそかに行うものだ。

 ただ、インセクティア皇国も一枚岩ではない。

 インセクティア皇国の複数の貴族、様々な組織から送り込まれた患者が鉢合わせしたのだ。

 本来、敵地で活動する密偵は、立場上味方と考えられる相手であっても安易に正体を明かすことはしない。

 しかし、同じ職場で働く仲間の中に怪しい動きをする者が複数いるのだ。すぐにばれた。

 そして、命令の出どころは異なれど、同じ国のために働く密偵同士、利害関係もほぼ一致している。

 同じ国の間者同士、協力し合うことになった。

 そして、その協力関係は間者ではない従者に対しても及んだ。

 ここでも利害関係が一致したのだ。

 間者にとっては、他の従者の協力があると非常に動きやすくなる。

 アリバイ工作は簡単だし、メイ=フライの周囲に安全な隠れ家(セーフティーハウス)ができるようなものだ。

 メイ=フライのわがままに振り回される従者にとっても、間者の入手する情報や裏工作は有益だった。

 メイ=フライの無茶な要求を実現するために、フラワーガーデン王国側を動かすために役に立つのだ。

 この協力体制がうまくいってしまったため、その活動内容はどんどんとエスカレートしていった。

 本来ならば、そこまでやるべきではなかった。

 フラワーガーデン王国は倒すべき敵国ではなく、今は和平が成立して友好関係を築いている状況なのだ。

 そして、彼らは平和の使者であるメイ=フライの従者である。

 多少の情報収集ならばどこの国でも行っていることだが、明確な敵対行為や侵害行為を行ってはならなかった。

 しかし、彼らはその一線を越えてしまった。

 諜報活動があまりにうまく行き過ぎたから。

 そして、全体を取り仕切る命令系統がなかったことも、彼らを暴走させた一因だろう。

 協力関係にあっても、間者やその他の従者は別々の意図で動いている。

 本来ならば全員の主となるメイ=フライが取り仕切るべきなのだが、彼女は従者の行動に一切興味がなかった。

 いつの間にやら、フラワーガーデン王国の王宮内に、インセクティア皇国の聖域が出来上がっていたのだ。

 しかし、彼らの快進撃は、メイ=フライの行動によって終わりを告げることになる。

 王位の簒奪を目論んでいるとも取られかねないメイ=フライの言動は、フラワーガーデン王国側の猜疑心を生んだ。

 これまで王妃に遠慮して(わがままに巻き込まれることを恐れて敬遠していたとも言う)、従者の多少の怪しい行動にも目をつむっていたが、疑いの目をもって厳しく調査が行われた。

 そうなると、もう隠しようがなかった。

 諜報活動だけでなく、メイ=フライのために様々な不正にも手を出していたのである。

 元々の間者以外も、全員黒だった。

 王妃の権威を振りかざし、様々な政治工作で国内貴族にも影響力を持つようになった彼らを確実に追い詰めるため、また国内に混乱をもたらさないよう慎重に行ったために数年かかることになったが、インセクティア皇国から来た者たちは王宮から一掃されることになった。

 唯一人、メイ=フライ本人を除いては。


 国を揺るがした大事件であったが、その中心にいたはずのメイ=フライ自身は全く事件に関与していなかった。

 普通ならばそのようなことはあり得ないし、そんな言い訳は通用しない。

 インセクティア皇国から従者たちはメイ=フライの専属であり、他の者の指示を仰ぐ必要はない。

 その唯一の主が無関係ということは考えられないだろう。

 しかし、いくら調べてもメイ=フライの関与は認められなかった。

 メイ=フライのやり方は、無茶な要望だけ伝えてあとは放置である。

 具体的な方法も指示しなければ、途中経過も聞かない。

 政治にも金儲けにも興味のないメイ=フライが事件に関与していないことはある意味納得できる話だった。

 しかし、彼らの主である以上、メイ=フライには従者たちに対する監督責任がある。

 知らなかったでは済まされない。

 従者たちの行ったことは、インセクティア皇国によるフラワーガーデン王国への侵略行為に等しい。

 国としてこれを放置することはできない。

 メイ=フライが直接関わっていなかったとしても、何らかの形で責任を取らせなければならなかった。

 その一方で、メイ=フライを安易に処断することのできない理由もあった。

 インセクティア皇国から連れてきた従者たちに対する管理責任能力をメイ=フライは持っていない。能力以前にやる気がない。

 そのことは、フラワーガーデン王国側の人間にも早い時期から理解していた。見ればわかる。

 だから、この従者たちはメイ=フライの手足となって働く部下ではなく、性格や能力にいろいろと問題のあるメイ=フライが大失敗をしないようにフォローし面倒を見るために付けられた者たちなのだ。

 その従者の方が致命的な大問題を起こすとは予想外だっただろう。

 この点において、メイ=フライは被害者だった。

 同情はしない。フラワーガーデン王国だって被害者なのだ。

 だが、インセクティア皇国はどう思うか?

 メイ=フライに責任能力がないことは、送り出したインセクティア皇国の方がよく知っているはずだ。

 つまり、インセクティア皇国から見れば、何の罪もないメイ=フライを容赦なく処罰したと映るだろう。

 もちろん、インセクティア皇国側に非があるのだから、正面から非難してくることはまずないだろう。

 けれども、この件を理由にしてどのような言いがかりをつけてくるかわからなかった。

 建前としても、メイ=フライは平和の使者であり、両国の友好の証なのだ。

 そんなメイ=フライを不当に扱ったと言われたら……

 大国にとっては遊び程度の紛争でも、小国にとっては深刻な戦争となることを身をもって知っていた。

 仕方なく、メイ=フライは表向きは病気療養という形にして、幽閉されることになった。


 幽閉されても、メイ=フライは変わることはなかった。

 そもそも、何もしていないのだから反省することもない。

 何もしなかったことが問題だということも理解していない。

 インセクティア皇国の皇女として生まれた義務も責任も知らずに育ったメイ=フライは、フラワーガーデン王国の王妃としての義務も責任も理解していなかった。

 また、メイ=フライは自分の従者たちが逮捕され重い処罰を受けてもなにも気にしなかった。

 メイ=フライにとって家族以外の他人は等しく下僕という認識であり、特別に思い入れのある者はほとんどいない。

 インセクティア皇国から連れてきた従者でも、フラワーガーデン王国から付けられた者でも、どちらでも関係ないのだ。

 ただ、自分の要望を多く叶えてくれる有能な下僕がいなくなり、何もできない無能な下僕ばかりになると残念に思うだけだ。

 フラワーガーデン王国において、メイ=フライの家族はニゲラ王子一人だけだった。

 夫であるフロックス王でさえも家族ではなく、下僕側の認識である。

 ただし、フロックス王に関してはフラワーガーデン王国内では自分よりも偉い立場で、自分の望みの邪魔をする存在と思っていた。

 下僕枠の中で唯一特別に思われているのがフロックス王である。


 メイ=フライは、幽閉されたことについては特に不名誉なことだとも感じていなかった。

 元々メイ=フライは自分から行動して何かを為そうとする人間ではない。

 だから、幽閉されたこと自体は気にしていなかった。

 ただ、幽閉されて以降、メイ=フライの要望が却下されることが大幅に増えた。

 事件の責任を取る形での幽閉なので当然のことだが、メイ=フライは理解も納得もしない。

 これまで認められていた要望までも否定されるのだから、自分の権利の侵害がより深刻になったと嘆くことになる。

 この時、メイ=フライは自分が世界で一番不幸だと感じていた。

 幽閉されていても王妃であることには変わりない。

 貧乏な上級貴族よりもよほど贅沢な暮らしをしていたのだが、メイ=フライはそんなことは知らないし興味もない。

 メイ=フライにとって、下僕の生活など比較対象にもならない。

 メイ=フライが基準にしているのは過去の自分と、何の不満も悩みもなく生きている(とメイ=フライは思っている)父親や兄弟姉妹たちである。

 だから、どれだけ贅沢しようと、メイ=フライは不幸だった。

 今のメイ=フライにとっての希望はただ一つ。息子のニゲラ王子が国王になることだった。

 ニゲラ王子が国王になりさえすれば、自分の望みは全て叶うようになる。

 メイ=フライはそう信じて疑わない。

 彼女にとって、家族とは自分を助けてくれる存在である。

 唯一の家族であるニゲラ王子がこの国で最も偉い国王になれば、息子は自分を助けて何でも自分の思い通りにさせてくれるだろう。

 父親である皇王の望みが娘である自分の望みよりも優先されるのだから、息子であるニゲラ王子の望みよりも母親である自分の望みが優先されるのは当然。

 その息子がこの国で何でもできる国王になったのならば、母親の自分の望みも何でも実現する。

 それは、メイ=フライにとって議論の余地もない自明なことだった。


 母親となった今でも、メイ=フライには自分が家族を愛し、助けるという発想はなかった。


 メイ=フライに野心はない。

 国をどうしたいという野望も、社会をこうしたいという理想も持ち合わせていない。

 思い通りにしたいというのは、あくまで自分の周囲、目の届く範囲、手の届く範囲のことに過ぎないのだ。

 ある意味とてもささやかな、個人的な願いなのだが、その分妥協がない。

 少しでも思い通りにならない部分があれば、それで具体的に何か不都合が生じなくても、不満に思うのだ。

 普通ならば、そうしたままならない現実と折り合いを付けながら成長するものだ。

 だが、メイ=フライは折り合いを付けられないまま成長してしまった。

 些細な部分でも思った通りでなければ気が済まず、意固地になって正そうとする。

 それが、メイ=フライのわがままの正体だ。

 本人としては、あくまで個人的な、ささやかな願いを周囲の人間が寄ってたかって邪魔するように見えるのである。

 実際にささやかな願いなのだ。

 無理なところは無理だと理解して、妥協するなり別の手段を考えるなりすれば、十分に満足する結果になっただろう。

 英才教育によって中途半端に知識を得たことも悪い方向に働いた。

 思い通りにならない部分の一部には、多くの人々に多大な影響が出るために断念されたことがあった。

 普通ならば、大勢の迷惑になると考えて諦めるところだが、メイ=フライにとって家族以外の他人は全て下僕である。

 自分の望みを叶えるために存在する下僕が、自分の望みの邪魔をしては本末転倒である。

 だから、自分は多くの人間に虐げられている。それがメイ=フライの認識になった。

 そして、自分の身の回りのささやか望みでも、より広い範囲を思い通りにしなければ実現しないと理解した。

 メイ=フライのわがままがある時期からレベルアップした理由は、知識が増えて自分の望みをより確実に実現できるように考えた結果である。

 誰にも理解はされなかったが。

 幽閉され、より不自由になったことでメイ=フライは再び考えた。

 自分が間違っているとは欠片も考えない。

 小国の王よりもよほど偉い、大国インセクティア皇国の皇女をないがしろにするこの国が間違っている。

 メイ=フライの思考は、それが前提となる。

 そして、間違った国が存在しているのは、世の中が複雑すぎるからだと考えた。

 いくつもの国が存在して、それぞれで序列やら順序やらを決めているから誰が偉いのか分からなくなるのだ。

 だから、国が一つにまとまれば良い。

 インセクティア皇国は周囲の小国を飲み込んで拡大してきた大国である。

 フラワーガーデン王国ごとき小国、その気になれば簡単に征服してしまうだろう。

 問題となるのは、北の大国サンフォレスト帝国のみ。

 サンフォレスト帝国をどうにかできれば、大陸全土をインセクティア皇国が支配できるだろう。

 だから、どうにかしてサンフォレスト帝国を打倒しなければならない。

 インセクティア皇国の一般認識に基いて、メイ=フライが出した結論がこれだった。

 再度言うが、メイ=フライに野心はない。

 その目的は、手の届く範囲、目の届く範囲で自分の思い通りにしたいというささやかな願いである。

 そのための手段として、世界征服が必要になったのである。

 もっとも、結論を出したからと言って、メイ=フライが何か行動することはない。

 メイ=フライは要求を出すだけで、実行するのは下僕の役目だ。

 具体的な方法を考えることもしない。考えたとしても、「魔石爆弾を抱えて自爆テロ」では考えないほうがましだ。

 幽閉されてからメイ=フライの要望については厳しくチェックされているが、そうでなくても「ちょっと世界征服してこい」では困ってしまうだろう。

 メイ=フライが綿密な計画を立てたり、巧みに人を操ったりして思ったことを実現してしまう人間でなかったことを、この世界の人々は感謝すべきだろう。

 メイ=フライは自分と関わり合いのないものにとことん興味がない。

 家族以外の他人は全て下僕という認識だし、下僕がどうなろうと気にしない。

 戦争にでもなれば、どれほどの犠牲も厭わず自分の目的を優先するだろう。

 もしも大陸の統一に成功したとしても、メイ=フライは国の統治に興味はない。

 目的を達したら、自分の都合で作った国に対しても、そこに住む人々に対しても、何の責任も感じずに放りだすに違いない。

 とても歪で、ろくでもない国になる可能性は高い。

 ただ、その統一国家が出来上がった場合、統治者になる人間だけは決まっていた。

 ソルフォレスト帝国を滅ぼし、大陸全土を支配したインセクティア皇国。

 その皇王の座に息子のニゲラ王子を据えることが、今のメイ=フライの目標である。


長くなりましたが、本作のラスボス(戦闘能力はありませんが)メイ=フライの話です。

裏設定も全部ぶち込むつもりで書きました。

メイ=フライ王妃について、理解いただけましたでしょうか?

……理解できなくて良いのかもしれませんが。

結局、この人は他人の迷惑を気にすることなく自分の都合だけを押し通そうとする「モンスター○○」の類です。

傍迷惑なだけで本人に悪意はありません。

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