6話 弁当
第二音楽準備室には、汐彩の姿しかなかった。
もし告白を受け入れたのならば、そのテニス部キャプテンと一緒にいたことだろう。だが、そこにいたのは彼女一人だ。なので、たぶん……いや、絶対に断ったはずだ。
「怜己くんまでも野次馬だったのかな」
「通りかかっただけですけど、何かあったんすか」
とぼけるしかなかった。
「ご飯食べようとしてたら、他クラスの人から呼び出されて……」
「で、コクられたと」
目を細める汐彩。
「ねえ、本当に通りかかっただけ? 野次馬だったんじゃないの?」
「本当です」
イヤな沈黙に包まれた。
告白後、どうなったかを知りたかった。
断ったとは思うが、それでもきちんと聞きたかった。
「で……、結果は」
「あたし、新婚よ」
言うまでもない、という答えのようだ。
心の緊張が緩んでいく。
だが、そんな安堵している自分が嫌だった。
汐彩はもともと高嶺の花だし、そのうえ既婚者だ。
俺は何かを期待するような馬鹿じゃない……そのはずだ。
だから、こう自分に言い聞かせた。
家庭崩壊しなかったことに安堵しただけだ。
汐彩がイタズラそうな笑みを送ってきた。
「お母さんがとられると思っちゃった?」
「そんなんじゃないです!」
彼女の視線が俺の弁当箱に。
「怜己くんも、いまからお弁当?」
「はあ」
「じゃっ、ここで一緒に食べよっ」
いまここで?
だが、俺には心の余裕がなかった。
心配してきてしまったことが恥ずかしい。
へんなふうに思われたのではなかろうか。
いや、へんなのは事実なんだが。
「俺、友達を待たせてるんで」
逃げるように立ち去った。
屋上に戻った。
ちょうど柚乃とその仲間が歩いてきた。
皆、もう食べ終わったようだ。
そんじゃ一人で食おうかな。
柚乃が仲間に言う。
「先に戻ってて」
俺が座ると柚乃も座った。
改めて弁当箱を開ける。
「柚乃はもう飯、食ったんじゃないのか」
「うん。でも一人じゃ寂しいと思って」
弁当は美味かった。
でもタコ型ウインナーみたいな可愛いものは、控えるようにお願いしておこうか。いいや、なんて失礼なことを考えてるんだ。嫌なら俺が作ればいいだけの話じゃないか。
「それで、汐彩さんは告白されてどうなった?」
「さあね。興味ないし」
「でも怜己の顔を見ればわかっちゃうな。汐彩さん、相手を玉砕させたんだって」
えっ、俺の顔って?
慌てて表情を引き締める。
「し、知らねって!!」
弁当と言えば……こんな続きがあった。
それは数日後のことだった。
朝食後のテーブルに弁当箱が二つ。
汐彩が作ってくれたものには違いないが……。
彼女は先に学校に向かったはずだ。
なのに、自分の弁当箱を置き忘れていったのだ。
またドジってる。
二つの弁当箱を鞄に入れ、俺も家を出た。
バス待ちの間にスマホでメッセージを送った。
学校で弁当箱を届けます、と。
すぐに感謝の返信があった。
しかし学校に到着したのが遅かったため、始業前に渡すことはできなかった。
一限後に渡そうと思ったが、汐彩は授業で教室移動があるため、状況的に無理だと着信があった。
なので、二限後――。
弁当箱を持ち出そうとした。
汐彩の弁当箱を包むランチクロスだが、いかにも女子用のものだ。
ちょっとマズいな。
俺は先日、弁当を作った人について、柚乃の仲間たちに怪しまれたのだ。これを見られれば、誤解を受けるだろう。
鞄ごと持っていくしかなさそうだ。
「ん? 怜己、どこ行くんだ」
うるさいぞ、冬牙。
放っておいてくれ。
「いや、別に……トイレ」
「じゃあ鞄、なんで持っていくんだ?」
コイツ、邪魔しやがって!
「つい癖で」
鞄を戻さざるを得なかった。
冬牙が肩を組んできた。
「連れションしようぜ、怜己」
さらに、もう一人。
「なんでお前まで肩を組むんだ、柚乃」
「仲間ハズレは寂しいじゃん? 途中まで見送り」
「連れションを見送るな」
汐彩には『失敗した』とメッセージを打った。
ちなみに三限後も弁当を渡せず、失敗。
とうとう昼休みになった。
もう失敗は許されない。
俺は鞄に手を伸ばした。
そんな俺の手を掴む者がいた。
冬牙だ。笑顔を向けている。
「きょうから俺も弁当にしてもらったんだ。三人で食おうぜ」
いつもコイツは学食で食べていた。
なのに何故タイミング悪く、きょうから……。
「やったぁ。三人でいっしょに食べられるじゃん」
柚乃も嬉しそうだ。
そして申し訳なさそうに仲間に手を振る。
「あたし、きょうはこっちで食べるから」
いや、いや、いや、なんでこうなる。
鞄を持って抜け出せなくなるだろ。
だとしても……。
いまコイツらに対し、冷血にならなければならない。
一瞬の隙をついた。
「先に食べててくれ。用事が済んだらすぐ戻る!」
鞄を持って逃げた。
汐彩のもとへと。




