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5話 登校


 汐彩はインテリアショップでモデルの代理を頼まれた。

 断ったのだが、五分だけでいいからと懇願された。

 結局、根負けして撮影に応じることとなった。


 汐彩がインテリア商品の前に立たされる。

 もちろん俺はフレーム外だ。


 シャッター音が響く。

 大勢からの視線を浴びている。

 まるで本物のモデルみたいだ。


 汐彩のことを遠くに感じた。

 雲の上の存在どころじゃない。

 彼女は別次元に生きているのだ。

 そもそも既婚者なんだし。


 …………おいおい。

 撮影って五分だけじゃなかったっけ?

 もう、とっくに五分を過ぎているぞ。


 撮影が終わった頃、やっと本来のモデルが現れた。


 モデルの名前は六刀谷リム。その顔に驚いた。汐彩に激似だ。皆が間違えたのも納得できる。


 でもちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、汐彩の方がきれいに思えるのは、俺が贔屓目で彼女を見ているからだろうか。


 六刀谷リムは乗るバスを間違え、終点のバス停まで気づかなかったのだそうだ。しかもスマホをどこかでなくしてしまったらしい。


 外見だけではなく、ドジなところも汐彩と同じだとは。


 六刀谷リムは平謝りだった。俺たちの方にもやってきた。


「ご迷惑をおかけいたしました」


 彼女は有名なのかどうかは知らない。でも小さな町のインテリアショップにくるモデルなのだから、たぶんまだ無名なのだろう。メディアに出るモデルはほんの一握りだろうが、この汐彩にそっくりな人が有名になったら嬉しい。




 月曜日となった。


「はい、これ」


 汐彩から四角い形状のものを渡された。


「これって……?」

「お弁当作ったんだけど、迷惑だったかな」

「とんでもないです。嬉しいです。感謝します!」


 校内トップの美貌の持ち主が作った弁当……。

 夢みたいだ。これで父の嫁じゃなけりゃ最高だったのに。

 ああ、オヤジが憎たらしい。


「じゃ、行きましょ」

「行くって、一緒に登校ですか」

「一緒はイヤ?」


 からかわれているような気もする……。


「イヤとかどうとかじゃなくて。一緒に暮らしてるのを、学校の誰かに知られたら、変な誤解を招くと思います」


「お母さんと一緒は、恥ずかしい年頃なのかしら」


 やっぱり、からかってる。


「はいはい。そういうことでいいです。でも、その指輪……学校で平気ですか」


 ハッとする汐彩。


「いけないっ、忘れてた。外さなくちゃ。学校じゃ誰も知らないことだから」


 誰もって。まあ、そうなるだろうな。

 俺も誰にも言いたくはない。


 登校は時間をずらして別々となった。




 昼休み――。


「怜己、学食行こうぜ」


 うちの高校には学食がある。ほぼ毎日、大親友の蟹沼冬牙と一緒にそこで食べている。


「ごめん。きょうは弁当持ってきた」

「珍しいな。オヤジさん、帰国したのか」

「いや、自分で作ってみた」


 義母に作ってもらったとは言えなかった。汐彩のことは内緒なのだ。冬牙は「そっか」と言って、一人で学食に向かった。


 もう一人の大親友、庭坂柚乃が手を振っている。


「こっちで食べよっ」


 俺と冬牙の話が聞こえたのだろう。


「いや、いい」


 柚乃の周囲には四人の女子生徒たち。その中に入りづらかったのだ。しかし彼女は「いいから、いいから」と、強引に俺を引き込んだ。


 女子グループとともに屋上へ。

 弁当箱を開けた。


 女子たちが弁当箱を覗き込む。


「田中くんのお弁当、かわいい」

「たこさんウインナもある!!」

「親じゃなくて女に作らせたでしょ」


 注目を浴びてしまった。

 これ、どーすりゃいい。


「自分で……作った」


 それでも柚乃は愉快そうに、耳元で――。


「で、誰に作ってもらったの?」

「だから、俺が自分で」


 柚乃まで敵に回らないでくれ。まあ、もし誰が作ったのかを知ったら、きっと腰抜かすだろうな。



 他グループの会話が聞こえてきた。


「藻山大翔くんが、あの田中汐彩にコクるんだって」

「藻山くんってテニス部キャプテンの?」

「そう。いまごろ第二音楽準備室に呼び出してるはず」


 はっきりと『田中汐彩』と聞こえた。

 汐彩はまた告白されるようだ。


 他グループの会話が続く。


「ショック~。藻山くん超カッコいいから」

「田中汐彩、死ねばいいのに」

「あたしも嫌いなんだ、気取ってる感じでさ」


 殺すな! あと、気取ってなんかいないだろ。


「でも大丈夫じゃない? 田中さん、不沈空母とかなんとか言われてるし」


 無敵の不沈空母……その呼び名、冬牙が勝手に言ってるだけじゃなかったんだな。


「だけど、それは今までの男が雑魚だったから。藻山くんは別格でしょ。ファンもめっちゃ多いし」

「じゃあ今回ばかりは……」


 ハァと、彼女たちの溜息がハモった。


 俺は広げたばかりの弁当箱の蓋を閉める。ランチクロスに包んだ。

 柚乃の仲間が尋ねる。


「あれ? 田中くん、どうしたの」

「ごめん。用事を思い出した」

「もしかして、告白の野次馬に?」

「ちげえって」


 今度は柚乃が口を開く。


「怜己は田中汐彩さんのこと、単なるファンじゃなくてガチだったんだね」


 ガチなものか。だって彼女は……。


「ファンでもなんでもねえし」

「だけどさっきから目つき怖いよ」


 えっ、俺の目つきが? 


「ただ考えごとしてただけだ」


 放っておけばいいのに、自分の足を抑えることができなかった。

 背中に、柚乃の声を聞いた。


「お弁当作ったの、女じゃなくて自分自身だったみたいね」




 第二音楽準備室の前。

 本当に来てしまった。

 俺、何やってるんだろう。


 廊下には誰もいなかった。

 もう告白は終わったのだろうか。


 ドアを開ける。


「あっ、怜己くん」


 汐彩がいた。




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