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4話 呼称


 朝起きて、寝ぼけながらダイニングへ行くと……。

 テーブルには、ご飯、味噌汁、焼き魚、おひたし。


 はっ! これって。


 一気に目が覚めた。俺に義母ができたんだっけ。しかも彼女は学校でアイドルのような存在。


 いまなお違和感でいっぱいだ。だいたい朝食に白いご飯なんて、修学旅行のときぐらいしか見たことなかった。朝はいつもパンばかりだし、食わないことも多いし。


「おはよう、怜己くん」


 学校で見かけるときは、ツンとした表情が多かった。身内には普通に笑顔を見せるのか。でも画材ケースを取り戻したときは、こんな感じだったっけ。


「お、おはようございます。朝からこんなご馳走、ヤバすぎです」


「どこがご馳走かな? 一般的な朝食でしょ」


「いやでも、ご飯も味噌汁も湯気が出ててアツアツですし、焼き魚も焼かれてますし」


「焼き魚なんだから当然じゃない」


「そ……そうでした」


 とはいえ、いくら義母だからって、ここまでしてくれるのか? 俺と一つしか年齢が違わないのに。


 すると彼女は話してくれた。叔母と暮らしてたときから、ずっとこうしてきたそうだ。彼女としては、特別なことをしたわけじゃないらしい。


 食器洗いくらいは俺がやらなけりゃな。


 食べながら、一つ後悔したことがある。

 寝癖を直してから、顔を出すべきだったと。




 この日、義母の汐彩とともに出かけることになった。

 同居を機に、新しい家具を買うためだ。


 地元のショッピングモールへと向かう。

 雲ひとつない青空が眩しい。


 汐彩と二人で歩く。

 緊張している。いまだに信じられない気分だ。


 しかし彼女は義母。父の嫁なのだ……。

 クソおやじっ! なんでこの人と!


 ここで汐彩に疑問を投げかける。


「ほとんど海外にいる父と、どうやって知り合ったんですか」

「それは……二人だけの秘密。聞くのは野暮ってものよ」


 そう言われては訊くことができない。

 永遠の謎になりそうだ。



 巨大な建物が見えてきた。


「大きなショッピングモールね」

「去年できたばっかなんです」


 汐彩は何かを調べようとしたのか、スマホを取り出した。

 しかし――。


「どうしよう。バッテリー切れ」

「じゃあ、はぐれたら大変ですね」


 すると彼女は俺の正面に回り、イタズラそうな顔を見せてきた。


「ピンポンパンポーン」

「……?」


 小声で言う。


「迷子の田中怜己くん。迷子の田中怜己くん。お母様が迷子カウンターでお待ちです」


 やめてくれ。


「はぐれても、それだけは勘弁してください」


 汐彩はポンと手を鳴らした。


「そうだ。あたしたち、家族になったんだから、呼び方を考えないとね。怜己くんは怜己くんのままでいいかな?」


 家族になった……。だよな。

 まだ信じられないけど、確かに家族なんだ。

 呼び方かぁ。


「俺は別にそれでもいいですけど」

「よかった。あたしのことはなんて呼びたい?」

「ええと……」


 考えていたら、汐彩が笑う。


「シンプルにお母さん? 母上がいいかな。ママ? マム? マミーとか? それとも母ちゃん、おかん……。お袋なんてどう?」


 呼びたくねえ。


「汐彩さん」

「つまんないの」


 だけど正直、驚いた。

 普通に冗談も言う人だったなんて。



 モール内のインテリアショップが見えてきた。

 だがそこへ入る前に、トイレに行かせてもらった。


 戻ってくると――。


 チャラい格好の若い金髪男に、汐彩が手首を掴まれていた。

 ずいぶん強引なナンパだ。ちょっと乱暴すぎるんじゃないか?


 止めに入れば絡んできそうな雰囲気だったが、躊躇なんてしていられない。俺の家族の一大事なのだ。


「おい、やめろ!」


 若い金髪男の汚い手を払った。

 とっさに汐彩を背中へかばう。


「ありがとう、怜己くん」


 背中越しに、汐彩が小さく礼を言った。

 若い金髪男と目が合う。


「ん?」


 怪訝そうに首をかしげている。


「ん、じゃねえ。彼女は俺の……」


 勢いで止めに入ってまではいいが、ここで口ごもってしまった。


 ええと、俺のなんだ。なんと言えばいいのだろう。正直に義母だと言ったところでなあ。


 ところで、若い金髪男のようすがおかしい。

 俺の大声に気圧(けお)されたのか、身を縮めている。


「マネージャーの方ですか」


 しかも急に敬語になった。

 それよりマネージャーってなんだ。


「もう時間ありませんっ。さあ、こちらに急いで!」


 なんか案内されたぞ?


 スタッフ用の部屋に入る。

 偉そうな人が寄ってきた。


「遅刻ですね。遅いですよ」


 そう言われても、さっぱり意味不明。

 女性が汐彩の前に出てきた。


「では脱いでください」


 こいつ、いきなり何を言い出すんだ。


「おいっ」


 俺は二人の間に入った。

 その女が睨んできた。


「あなた誰ですか」

「俺はこの人の息子だ!!」


 さっきは口ごもったが、今度はちゃんと言ってやった。


「はあ?」


 そいつが首をかしげる。

 場が一瞬、静まり返った。


 俺、嘘は言ってない。


 さっきの偉そうな人が、きょとんとした顔を汐彩に向ける。


「おたく……六刀谷リムさんですよね?」


 汐彩に代わって言う。


「誰それ」


 彼はハッとした顔をすると、すぐさま頭をさげた。

 その場の誰もが、俺たちに頭をさげる。


 誤解があったようだ。


 この日、店の宣伝用の撮影があり、モデルを呼んでいたそうだ。どうやら、そのモデルの顔写真が汐彩によく似ていたらしい。


 汐彩に脱ぐように言ったのは、着替えるためだったのだ。


 スタッフは時間になってもモデルが来なくて大騒ぎしていた。これから昼にかけて客が増えるため、撮影が難しくなるのだとか。


 さっき偉そうだった男性が、困り顔で頼んできた。


「撮影のモデル、代わりにやってもらえませんか」




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