42話 恐怖
汐彩がとんでもないことを言い放った。
俺の部屋で寝たいだなんて。
ホラー映画視聴の直後のため、一人でいるのが怖いのは理解できる。でも、それはさすがにマズいのではなかろうか。ずっと一つの家に住んできたとはいえ、寝るときの部屋は別々でなければ。
もちろん俺自身に害はないし、信用されているのは嬉しい。
だったら……考え込む必要はないのか?
想像してみた。
汐彩が俺の部屋で就寝……。
うううううう。なんてことだ。
考えただけで頭がくらくらする。
落ち着け、冷静になれ。
こりゃ、やっぱり無理だ。
「えーと、俺の部屋にお泊りというのは、ちょっと……」
「じゃ、怜己くんがあたしの部屋きて」
「そういう問題じゃなくてですね」
またもや泣きそうな顔になる汐彩。
それを放っておけるわけがない。
「居間で寝ませんか」
部屋だろうと居間だろうと、一つの空間であることに変わりない。結果的には同じことなのかもしれない。それでも気持ちの問題は大きい。単に広さのことだけではなく、居間は普段から二人でいることが多いのだ。なので、あまり意識しないで済む……と思う。
「居間ね。うん、わかった」
「汐彩さんはソファー使ってください」
「ソファーは嫌。一人になっちゃうから。怜己くんには、もっと近くで寝てもらわないと」
誘っているわけではないのは当然なのだが、こっちは心臓の鼓動がありえないくらい激しくなった。舞いあがりそうになっている自分を全力で制御。一旦呼吸を整える。
「ならば、どうするつもりなんです」
「お布団持ってこよ。二人で並んで寝るの」
「わかりました」
ソファとテーブルを端に移し、そこに布団を並べて敷く。それぞれの布団に入った。
「あと、ごめんなさい……。まだ少し怖くて。手、握ってていい?」
泣きそうな声で言わないでほしい。これは断らせないための強迫にも等しい。とはいえ断る理由などないし、むしろ俺も含めた一般男子にとって、天からの贈り物だ。
「構いません」
隣の布団から伸びてきた天女の御手。
それが俺の手をギュッと掴んだ。
いま、布団の中で手を握り合っている。その相手が汐彩。憧れの女神。信じられない気分だ。このまま繋いで寝るとか、それが許されていいのだろうか。
まったく落ち着かない。頭の中は大混乱。胸が苦しい。眠いのに眠れる気がしない。
汐彩の握力が強まった。同じ力で握り返せばいいのだろうか? でも、気が弱っているのをいいことに不純な心で……なんて思われたくない。
ならば握力は弱いままの無反応でいいのだろうか? ただ、それだと冷たいような気もする。俺としては……強く握り返してやりたいし、それがきっと最適解だ。そうしよう。
待て待て待て。俺、ほんの僅かでも喜んではいないか? 無理やり正当性を持たせようとしていないか? 汐彩は怖くて怯えているのに。
自分が情けない。汐彩は信用してくれているのに、それを裏切るようなものだ。
汐彩の手を意識しては駄目だ。
頭を空っぽにしよう。何も考えるな……。
目が覚めた。
居間はすっかり明るくなっていた。
時計を見れば、もう十時半。
「怜己くん、起きた? おはよう」
「あ、おはようございます」
「遅くなっちゃったけど、朝ご飯にしよっ」
もう作っていてくれていたのか。
「ありがとうございます」
「あの……夕べはごめんなさい。怜己くんに迷惑かけちゃって。悪いお母さんだった」
ペコリと頭をさげる仕草が可愛い。
「迷惑だなんて全然です。映画、面白かったですし」
「怜己くん、とっても頼もしかったな」
ちょっぴり上目遣いで俺を見つめている。キラキラした瞳は、誰もが憧れる上級生というよりも、ただの一人の女の子を感じさせるようなあどけないものだった。
「えっ? あっ、いや……別に……」
くそっ。照れてるんじゃねえぞ、俺!
冷静になろうと思えば思うほど、体が火照っていってしまう。
今たぶん俺の顔、真っ赤だ。マズいマズいマズい。
「布団、片付けます」
俺は布団を手に、その場を逃げていった。




