41話 映画
コン コン
自分の部屋にいると、ドアのノックがあった。もう深夜の一時半。明日――というより日付が変わって今日が土曜日でなければ、とっくに寝ている時間だ。
続いて小声が聞こえた。
「怜己くん、まだ起きてる?」
そろそろ寝ようと思っていたのだが、なんの用だろう。
もしや夜這いか? なーんて。
「はい。起きてます」
部屋のドアを開けると、泣きそうな顔があった。
「汐彩さん、どうしたんですか」
「ごめんなさい。いま配信動画を見てるんだけど……」
彼女の話によれば、老神綺沙のオススメ映画とのことだ。
しかし今にも泣きだしそうな理由がわからない。
「へえ、どんな映画なんですか」
「まだ序盤だからなんとも。ネタバレになるからって、内容は教えてもらえなかった」
「ジャンルすら、教えてもらえなかったんですか?」
「何か面白い素敵なラブロマンスないかなって、あたしが言ったら、綺沙が勧めてくれたんで、たぶん恋愛系に間違いはないのだろうとは思うの……」
「そうですか。で、俺は何をすればいいんでしょう?」
「こんな時間に嫌じゃなければ、一緒に見てほしくて……」
恋愛系映画を? 俺と一緒に二人で? しかも深夜に? 俺、妙に意識しちゃいそうだ。もし俺が勘違いしたらどうしようとか、汐彩は考えなかったのだろうか。ああ、罪な人だな。
でもまあ勘違いはしないけど。
残念ながら汐彩は、父の後妻で俺の義母。たとえそうでなくとも、校内トップクラスの美貌を誇る、俺には不釣り合いすぎる高嶺の花だ。
「いいですよ。俺もたまには映画とか見たいなって思ってたんです」
居間へ行き、ソファーに並んで座る。汐彩は少し先まで見ていたらしいが、最初から視聴することとなった。
うん、なるほど。物語のスタートはラブコメ風なのだが、徐々に雲行きが怪しくなってきた。この映画、ラブコメの皮を被ったホラーに間違いない。
しかもストーリーが面白いため、どんどん引き込まれていく。怖いのに視聴をやめられない汐彩の気持ちがよく理解できた。
突如、手を握られた。
「ごめんなさい」
謝る必要はない。むしろご褒美じゃないか。感謝したいほどだ。うん、ホラーは最高だ。
汐彩の手は汗ばんでいた。汐彩の汗なら不快じゃない。これもご褒美。いや、なんでもない。
しばらくして、今度は悲鳴をあげてガシッと腕にしがみついてきた。身を小さくして震えている。
そんな汐彩が可愛い。歳上なのに。義母なのに。
ここ天国かよ。俺、死んだのか。
映画よ、永遠に終わらないでくれ。
――と思っていたら、動画が停止した。
リモコンのストップボタンが押されたのだ。
「どうしました」
「おトイレ……。お願い。ついてきて」
子供かよ。
そんな上目遣いで頼まれたら、断れるわけがないじゃないか。トイレの前までついていった。
「ドアの外で待ってて」
「はい」
「絶対ドアから離れないで」
「はいはい」
汐彩がトイレに入った。
「怜己くん、ちゃんといる?」
「います」
「何か喋ってて」
「な……何を話せばいいんですか」
「なんでもいいの。声が聞こえればいいだけ。そこにいるってわかるように」
「じゃあ、一つ、怪談話でも」
「駄目ぇーーーー」
「冗談ですよ」
「意地悪っ」
「すみません。じゃあ、楽しい話を。そうですね……」
何かあっただろうか。面白い話に限定されると、なかなか浮かんでこない。
「まだ? 話、思いつかないんなら、何か歌って」
「えっ」
「歌って! できるだけコミカルで明るい曲」
「歌えませんよ。歌える曲ないんです」
「一つくらいあるでしょ」
「いえ、いつも俺が聴くのは海外のものばっかですし、外国語は口が回りませんので」
「もう何よそれ。童謡とかは?」
「それは勘弁してください」
「ジャンルは問わないから早く歌って」
そう急かされても。
「じゃあ、大昔にヒットした変な曲ですけど……。『帰って来たヨッパラ◯』なら歌えるかもです。ゴホン。ではでは。♬おらーは……」
「駄目ぇーーーー」
「なんでです?」
「その歌、人が死ぬやつじゃない」
「よく知ってましたね。驚きました。でも極めてコミカルですよ。ちゃんと生き返りますし」
ドアが開いた。話しているうちに終えてきたらしい。
「怜己くんったら!」
などと言いつつも、ガッチリ腕を握ってきた。
居間へと戻る。腕を握られたまま視聴再開。
「いてっ」
ときどき汐彩が爪を立てるのだ。
でも我慢。これくらいはなんともない。
ときどき鳴ってくる大きな効果音には、俺も悲鳴をあげそうになった。それをグッと堪える。格好の悪いところを汐彩に見られたくなかったからだ。
ようやく物語が終わった。
序盤はホラーよりもラブコメの要素が多かったが、後半になるとそれが完全に逆転した。
「結構、面白かったですね」
ラブコメとしてもホラーとしても。
汐彩は微妙な顔で首肯した。
「でも、もう二度と見ない」
老神綺沙は面白がってワザとこれを勧めたのだろう。
「わっ、もう四時になります。それじゃ、おやすみなさい」
自分の部屋へと向かう。
ところが背後から裾を引っぱられた。突然だったので驚き、チビリそうになった。ホラー視聴後にそういうのはやめてほしい。
「な、なんですか」
「あのさ……きょう怜己くんの部屋にお泊りしていい?」
それ、お泊りというのだろうか。
というか……大変なことになってしまった。




