39話 離れ①
翌朝、玄関から先に出ていったのは汐彩だった。同居バレのリスクを回避するため、少し時間をおいてから俺も学校へと向かった。
ところが――。
「まだいたんですか」
汐彩がバス停にいたのだ。もしかして途中の道路工事や事故のためバスが遅延したとか?
「乗り遅れちゃって」
「時間に余裕を持って家から出たはずですよね?」
「うん、途中でつるんと滑って転んじゃって」
やっぱりドジな人だ。
バスがやってきた。
「先に乗ってください。俺、次のバスに乗りますんで」
「ううん。あたしが遅れたんだから次のに乗る」
「だったら一緒に乗りましょう。一度ぐらい同じバスで登校したって誰にも疑われませんよ」
今回は二人で乗ることになった。
学校の最寄りのバス停に到着。
バスをおりる。
「ここから別々ね。あたしゆっくり行くから、怜己くん先行って」
「わかりました」
もちろん一緒に登校するわけにはいかないからだ。
しかし後ろを振り返ると、汐彩がまた転びそうになっていた。慌てて彼女の手を取る。
「大丈夫ですか」
「うん、コケそうになっちゃったけど、平気平気」
この人、本当に危なっかしい。
「きょうは、なんか心配なんですよ。教室までついていった方がいいでしょうか」
「もう~、あたし子供じゃないから」
膨れた頬が可愛い。
子供じゃないなら転ばないように願いたい。
「せめて校門まで同行とか?」
「過保護すぎ。もう転ばないって」
「本当かな」
「大丈夫だったらぁー。怜己くんこそ親離れしないとね」
親離れって……。
「はいはい。じゃあ親離れして、先に行きますね」
一限が終わったあとの休み時間。一人のクラスメイトが近づいてきた。
「田中、羨ましいぜ」
「何がだ」
「お前、田中汐彩さんと仲がいいんだな」
なっ、コイツ……?
「どうしてそう思った?」
「今朝、一緒にバスをおりるのを見たんだ。楽しそうに会話してただろ」
しまった。見られてたか。あのとき周囲を確認したつもりだったが、甘かったようだ。
数人の男子生徒が詰め寄ってきた。
「ホントか?」
「楽しそうに会話だと?」
「四天王の汐彩ちゃんと?」
ああ、うぜぇー。
「知らない仲じゃない。それだけだ」
下手な否定は逆効果。『ちょっとした知り合い』感を匂わせる程度にしようと、最大限の注意を払いながら答えた。
そこへ蟹沼冬牙がやってきて、肩をポンと叩く。
わざとらしく偉そうに咳払いした。
「俺だって田中汐彩さんと、あと老神綺沙さんとも仲いいんだぜ」
男子生徒らが冬牙に疑いの目を向ける。
「蟹沼も四天王の二人と?」
「もっとマシな嘘つけ」
「その冗談、面白くない」
口角をつりあげ、不敵に笑う冬牙。
「嘘だと思うか?」
話を聞いていた女子生徒の一人が、ぼそっと言う。
「そういえば以前、田中汐彩さんがこの教室に入ってきて、蟹沼の名前を口にしてたっけ」
連中が悔しがる。
「思い出した~。そんなことあったな」
「あれって、なんかの間違いじゃなかったのか」
「くっ。蟹沼のくせに、蟹沼のくせに」
冬牙が連中を睨む。
「くせにってなんだよ。きのうも一緒に飯食ったんだぜ」
腰に手を当て、胸を張った。
「なぬー」
「なんで蟹沼なんかが……」
「世界が狂ってる」
連中を挑発するように首肯を繰り返す。
「いいぜ。冷やかしたいんなら、どんどん冷やかしてくれ」
結果として、冬牙が連中の注目を掻っ攫ってくれた。
やれやれ。どうやら俺は解放されたみたいだ。
次の休み時間――。
教室移動で化学室へと向かうとき、廊下で他クラスの生徒たちとすれ違った。上級生たちだった。
その中に汐彩の姿があった。
あらためて見ると完璧なまでに美しい。うちのクラスの男子生徒らも口々に言う。
「いいなあ。やっぱすっげえ綺麗」
「近寄りがたい。震えてくるぜ」
「あのオーラ、えげつねえ」
汐彩と目が合った。
毎度のごとく瞬きで挨拶を交わした。
隣にいる庭坂柚乃は互いに黙礼で挨拶。
俺に小声で尋ねる。
「挨拶もなくそっけないね。学校じゃ、他人のフリしてるわけ?」
「まあ、そんなところかな」
実際には瞬きで挨拶を済ませたのだが、このナイショを知られるのは小っ恥ずかしいものだ。だから隠し続けることにした。
ずっと後ろを歩いていた冬牙も、汐彩を見つけたようだ。
「汐彩さん、こんにちはっす」
「こんにちは」
男子連中が騒ぎ出した。
「いま田中汐彩さんが笑った!」
「蟹沼の話、本当だったんだな」
「信じられねえ……羨ましい」
続いて現れたのは老神綺沙だ。
先に気づいたのは彼女の方だった。
ワザと肩をぶつけてきたのだ。
まるで昭和のチンピラ。
「よう、イトコくん」
「あっ、老神さん。こんにちは」
俺の頭をゴシゴシと撫でていった。
隣の柚乃については、視界に入らなかったのだろうか。
背後から男子生徒らの声。
「いまの……老神綺沙さんだよな」
「田中までも四天王と仲がいいのか?」
「そういえば三膳院たちから聞いたことあった気がする」
「まさか本当だったとは……」
続いて冬牙の声。
「こんにちはっ」
数秒の気まずい沈黙のあと――。
「ハハハ。蟹沼のやつ、気づかれなかったぜ」
「あるいは無視されただけだったりしてな」
「いい気味だぜ。調子に乗りすぎだからだ」




