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38話 同居


 夕方、俺は汐彩より先に帰宅した。

 汐彩からスマホにメッセージが届いた。


『ごめん。今晩、綺沙が夕食を食べにくることになった』

「そうですか。ぜんぜん構いませんよ」


 老神綺沙がくるとは……正直、ちょっと気が重い。

 またどうせ、からかってくるに違いない。


 しばらくしてピンポーンと呼鈴が鳴った。どうやら来たようだ。ドアの開く音もした。


 とりあえず玄関へ行ってみる。


「やっほー、イトコくーん」


 老神綺沙がいた。その後ろに汐彩の姿もあった。買い物袋も持っている。二人でスーパーに寄ってきたのだろう。


「ただいまっ」


「おかえりなさい。それから老神さん、こんにちは」


 汐彩が買い物袋を持ちあげてみせる。


「怜己くん、今晩はカレーだけどいい?」


「もちろんです」


 夕食まで、まだ時間がある。

 二人は汐彩の部屋に行った。


 俺は居間で寛ぐ。


 そうだ、お茶かコーヒーくらいは俺が持ってってやろう。茶菓子はあっただろうか……。


 ピンポーン


 また呼鈴が鳴った。玄関のドアを開ける。

 そこに立っていたのは蟹沼冬牙だった。


「どうしたんだ、冬牙。連絡もナシに」


「さっき田中汐彩さんと老神綺沙さん、怜己んちに入っていったよな」


 見られてたか!!!


「えーと、それは……」


 こりゃ誤魔化すのは無理だろう。見られてしまったものは仕方がない。


 とりあえず家の中に入れた。

 居間で待ってもらう。


 汐彩の部屋に行き、バレたことを話す。

 居間に汐彩を連れてきた。老神綺沙もついてきた。


 汐彩が真剣な顔で冬牙に会釈。

 居間の空気は緊迫し、通夜のように静まり返った。


 冬牙の正面に三人並んで座る。


「ずっと隠してきたが、実はだな……」


「ちょっと待ってくれ」


 逆に冬牙が慌て始めた。


「どうした」


「柚乃も呼んでいいか? なんか、俺一人で聞くのが怖くなってきた」


 意外とビビリなのか。怖い話なんてないのに。


「そうだな。柚乃にも一緒に聞いてもらおう。呼んでくれ」


 腹をくくった。


 冬牙がスマホで呼び出すと、庭坂柚乃は三十分ほどでやってきた。冬牙の隣に座る。


「田中汐彩さんと老神綺沙さんもここに……? いったい、あたしになんの用なの? 皆、表情が硬いけど」


「冬牙と柚乃には、これまで隠してきたことがあるんだ。それを今から話したい」


「ふうん。その話を聞かせるために、あたしを呼んだってことか」


 俺は小さくうなずいた。


「まず……田中汐彩さんがここにいるのは、親の都合で一緒に住み始めたからだ」


「な、な、な……なんてことだよ!」


 冬牙は声をあげ、柚乃は目を見開いた。


 汐彩はこっちに視線を送りながら首肯。俺はそれを『続けなさい』という意味として受け取った。


「俺と汐彩さんは従姉弟同士なんだ」


 そんな具合に嘘を交える。すぐそこに老神綺沙がいるのだが、彼女の前では従姉弟同士という設定になっており、それに合わせたのだ。


 親友の冬牙や柚乃に隠し事を続けることに心が痛む。しかし汐彩が義母だなんて言えるはずがない。


「えっ、びっくり! 従姉弟同士って大ニュースじゃん。ああ、だから親しそうにしてたんだ」


 柚乃が声を張りあげる。冬牙は大きく息を吐いてから、俺の肩をバンと叩いてきた。


「なんだよ、おい。怜己は水くせぇーな。早く言ってくれりゃいいのに。からかう気なんてないしさ」


 簡単に言ってくれるが、変な噂が広まったら大変なことになるのは誰だと思うんだ?


 柚乃が首をかしげる。


「そうかな。冬牙だったらなんかの拍子に、からかったり冷やかしたりとかあると思うけど? それに怜己は自分だけのことなら打ち明けるのも簡単だろうけど、汐彩さんにも関わることだから言えずにいたんじゃないかな」


 フォローしてもらった。


「わかるけど……。俺、信用されてねえな」


「とにかく、あたしが自転車を停めてもらいにくるのを、怜己が渋ってたワケがわかった。そういう事情だったら仕方なかったもんね」


「理解してもらえて助かるよ」


「ところでさ、どういう経緯で、きょうあたしたちに打ち明けたわけ?」


「老神さんには早くからバレてたんだけど、きょう汐彩さんが彼女を連れて帰宅した際、ちょうど冬牙に目撃されたんだ」


「そっか。でも冬牙はなんで怜己んちに来ようと思ったわけ? なんか用事があったってこと?」


「あ、それは……」


「うん、それは?」


「怜己が柚乃の駐輪を渋った理由が気になって……。だから様子でも見てみようかなと」


 柚乃が目をつりあげる。


「あたし、冬牙に言ったよね? 詮索はやめろって」


「ごめん。すまなかった」




 このあと汐彩の提案で、冬牙と柚乃はカレーを食べていくことになった。


 老神綺沙は汐彩のカレー作りを手伝うそうだ。

 冬牙と柚乃を俺の部屋に連れていく。


 柚乃がゲームを始め、それを眺めながら冬牙が寝そべる。


「従姉が四天王の一人で、その友人も四天王。怜己は恵まれすぎだよな。それに法律上、従姉弟同士って結婚できるんだよな……」


 確かにそういうことになっているが、本当は汐彩は従姉ではなく義母。付き合うことさえ不可能なのだ。仮に既婚者じゃなかったとしても、俺とは全然つり合いがとれない。


「……でさ、怜己。まだ他に隠してることあるだろ?」


「ないぞ」


 嘘をついた。汐彩と義理の親子だとはまだ言えない。少なくとも汐彩が卒業するまでは。


「そっか。ちなみに従姉の田中汐彩さんとは、前から仲が良かったのか?」


「冬牙! やめな」


 柚乃が叱る。


「な、なんだよ」


「また詮索しようとしてたんじゃない? 鎌をかけようと思ったんじゃない?」


「いや、俺は……」


 ゲーム中の柚乃の手が完全に止まった。

 俺に尋ねる。


「従姉弟ってことが発覚したのは最近だよね? じゃないと辻褄が合わないから。怜己が初めて田中汐彩さんを見たのって、四月のことだったはずじゃん」


 ここでも柚乃は俺が冬牙の口車に乗せられないように、フォローしてくれたようだ。


 そう。四月のあの日――。俺が汐彩に見惚れていたのを、冬牙と柚乃は知っている。汐彩を初めて見たからこそ、俺は茫然となっていたのだ。今ここで俺が『古くから知っていた』なんて言えば、おかしな話になってしまう。


 柚乃には感謝するが、俺はそんなドジなんてしないから大丈夫だ。


 冬牙は思惑が外れたらしく、仰向けになって口を尖らせた。



 汐彩に呼ばれ、カレーを食べる。五人での会食は賑やかで、とても楽しいものだった。


 三人がそれぞれ帰ると、家の中が静かになり、少し寂しくなった。


「そういえば……。汐彩さん、ごめんなさい」


「ん? どうしたの」


「冬牙と柚乃に同居のことを話すことになっちゃって。あともう一つ、俺の勝手な判断で、従姉弟同士の設定を使い回しちゃって」


 汐彩はクククッと笑った。


「あの場に綺沙がいたんだから、相談する余裕なんてなかったじゃない。それとさ……怜己くんがあたしに不利なこと言うはずないって、わかってたし。だから安心しながら話が聞けたんだ」


 俺、信用されてたんだ。

 そう考えるととても嬉しい。



 この日、親友への隠し事が一つ減った。

 霧がうっすらと晴れていくような心地だ。

 けれども……もっと大きな秘密はまだ話せない。




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