35話 白桃
午後の休み時間になった。
女子たちのおしゃべりが聞こえてきた。その中にいる庭坂柚乃が、大型スーパーの名前を口にした。彼女とは地元が同じなので、俺もよく知っている店だ。そこで買って食べた期間限定のスイーツが最高だったのだとか。
「シロップ漬けの白桃が丸ごとあってね、種部分がくり抜かれててカスタードが入ってたの。周囲が生クリームでスポンジが土台。だからショートケーキっぽくもあったな。白桃のケーキね」
女子たちは羨ましそうに聞いていた。
白桃のケーキか。もし俺が汐彩に買っていってやったら……。うん、きっと喜ぶに違いない。日頃、おいしいご飯や弁当を作ってくれているから、ぜひお礼がしたい。早速、きょう買いにいってみるとしよう。
学校帰り、いつもより手前のバス停で下車。
そこから徒歩で、例の大型スーパーへ向かった。
柚乃の話していた桃のケーキを見つけた。
うん、美味そうだ。とにかく見栄えがいい。
俺も食べたくなったので、二つ買った。
レジへ向かおうとすると声をかけられた。
「怜己、こんなところで何してんの」
柚乃からだった。
こんなところで会うとは。
「ちょっとな」
柚乃がカゴの中を覗く。
「あっ、桃のケーキ」
「学校で柚乃たちが話してただろ。それで俺も食いたくなって」
「あー、あの話聞いてたんだぁ。だけど桃のケーキ、二つあるけど片方はあたしに?」
「んなわけあるかっ。わざわざ遠回りして来たんだから、一つだけってのもなんだし、二つ買っただけだ」
「冗談だからムキにならないで」
「ムキになってねえし」
「あたしもまた買おうかな。てか、買ってほしいな。ジロり」
「誰が買ってやるかよ」
柚乃のカゴはいっぱいだった。白菜や大根、長ネギ、それからトイレットペーパーなども見えている。
「ずいぶん買い込んだな」
「きょう特売日だからって、買いにいかされてさ。うちの親、人使いが荒くてホント困る。もう特売日なんてやめてほしい」
「柚乃は自転車だよな。そんなに大丈夫か」
「まあ、たぶん」
レジでの支払い後、駐輪場までついていった。
柚乃は二つの買い物袋のほか、通学鞄も持っている。
これ、自転車に乗って帰るのは難しそうだ。てか、危険だ。
「荷物、やっぱり多過ぎだったな。自転車は無理っぽいぞ」
「転がして帰るから大丈夫」
「それでも大変だろ。荷物、貸せ」
「持ってくれるの?」
「ここから柚乃んち近いから」
「ちょっと遠いじゃん? 悪いよ」
「なーに、近い近い」
「そうだ。怜己はハンドル持って。カゴに入り切らない荷物は、あたしが持つから」
「いや、重いのは俺が持ったほうが……」
「ちょっと嵩張るだけで重さは全然。いいから早く!」
そこまで強く言うのなら、従うことにしようか。
俺は自転車のハンドルを握った。
柚乃が袋の中から何かを取り出した。
カップのアイスだった。
そんなものまで買っていたのか。
柚乃は蓋を開け、スプーンですくった。
からかうような目をする。
「これ、お礼。あーん」
「なんの真似だ」
「言ったじゃない。お礼だって」
「いや、でも」
それ、ふざけ過ぎってもんだ。
「怜己の手が塞がってるんだから、こうするしかないじゃん」
そうだが……。
背後から俺を呼ぶ声がした。
「怜己くん」
振り向くとそこに汐彩がいた。俺たちに笑顔を向ける。
「あなたたち、ほんっっっとうに仲がいいのね」
「あっ、汐彩さん。こんにちは」
柚乃はカップとスプーンを手にしたまま挨拶した。
「こんにちは、庭坂柚乃さん。荷物、大変そうだけど大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
悪ふざけしておきながら、いまさら恥ずかしそうな顔をする柚乃。
「そう? でも危なっかしいな。それ、持ってあげる」
汐彩は返事を待たず、柚乃の手からカップとスプーンをとった。何を思ったのか、アイスの乗ったスプーンを俺の口に近づける。なんのつもりなんだ?
俺がきょとんとしていると、汐彩が咳払い。そして……。
「あーん」
「え?」
反応に困り、頭の中は軽いパニック。
「口開けて。早く」
汐彩に急かされる。俺は言われるがまま……スプーンを受け入れた。冷たくて甘かった。バニラの香りが口の中に広がっている。
それまでワケがわからなかったが、急に死ぬほど恥ずかしくなってきた。
「はい、もう一回。あーん」
てか、まだやるのか。
「あの……汐彩さん?」
「あっ、ごめんなさい。あたしからじゃ……」
汐彩がカップとスプーンを柚乃に返そうとする。
だが俺は別に嫌とは言っていない。
スプーンを口で追い、パクり。
柚乃は呆気にとられたようすだった。
汐彩も柚乃の顔を確認する。
「もしかして庭坂柚乃さんが、怜己くんにやりたかったとか?」
「い、いいえ。あたしは別に……ただ、ふざけてただけで……」
ここで俺が言う。
「歩きながら食べるのって行儀が悪いんで、バス停に着いてから座って食べていいですか」
「そうだね。怜己くんの言うとおり、それがいい」
バス停でベンチに腰をおろす。自分の手でアイスを食べた。
「ところで汐彩さんは、なんでスーパーにいたんですか」
ふだん汐彩が行くスーパーは、近所ばかりだ。土日ならともかく、平日にここへ来るのは珍しい。
「特売日だったからだよ。お肉とかお野菜買ったの。ほら」
中身を見せた。
なるほど特売日――柚乃と同じ理由だったらしい。
バスが来た。
「じゃあ、あたしはこれで」
汐彩はバスに乗っていった。
バス停のベンチに残ったのは俺と柚乃。
「怜己、良かったね」
「何が?」
「あーんしてもらって」
「うっせ。良かったも何も……ビックリしたんで、それどころじゃなかった」
それにしても、汐彩のあんな奇行というか、悪ふざけは初めてだ。老神綺沙ならやりそうだが。
「汐彩さんって、乗るバスが怜己と同じだったんだね」
「そうみたいだな。驚いた」
とぼけておいた。
「家、どこなの?」
「だから知らねって。俺に訊くなよ」
「老神綺沙さんと仲がいいし、田中汐彩さんとも仲がいいし。すごいね、怜己は」
「すごかねえし。どうしてそうなったか俺にもわからん」
とぼけ続けるしかなかった。
「ねえ、汐彩さんとつき合ってるの?」
えぇぇぇっ!? なんでそうなる?
コイツ……、何を言い出しやがるんだ。
「ねーよ、ねーよ。ありえねえし、つり合うかよ」
「でも、なんかさ……汐彩さん、怜己には特別じゃない?」
「そんな馬鹿な。ないない、絶対ない」
アイスを食べ終わったのでふたたび歩く。
さっきは『絶対ない』と言い切ったものの、汐彩の「あーん」は、どう考えても普通じゃなかった。あれはいったい何だったんだろう。
柚乃を家まで送り届け、バス停まで戻っていった。




