33話 会合④
汐彩がカラオケ店の話を持ち出した。俺は胸の内で小さく息を吐く。合コンなんてものに参加してきたつもりはないと、さりげなく説明する機会が訪れたのだ。
しかし同時に、別の不安が込みあげてきた――。
さっき汐彩に届いたスマホメッセージだが、そこに何が書かれていたのだろう。嫌な予感しかしない。老神綺沙がまた余計なことを吹き込んだりしてないか?
たとえば……。俺がわざわざあの店までやって来た理由のことだ。汐彩の合コン参加なんて話を聞かされて、不安でたまらなくなったからだとか。
もちろんそれは事実だけれども、もしそんなことを告げ口されたら、俺はもう生きていけない。そんなストーカー紛いなことをしたなんて、汐彩に知られたくない。絶対に気持ち悪がられるに決まっている。
老神綺沙からのメッセージ内容は、はたしてどんなものだったのか。これは俺の合コン参加について誤解を解くことよりも、よっぽど重大だ。
テーブルの上に置かれた汐彩のスマホ。
もはや画面は真っ暗。
「老神さんからなんの連絡だったんですか」
「またカラオケ行こって」
「それだけですか。他には?」
「うん、それだけだけど……。綺沙のことが気になる?」
慌てて否定する。
「そういうんじゃないです。ただ老神さんはいつも俺をからかうし、きょうのことだって……」
ハッとして口をつぐむ。
あっぶな……。汐彩の合コンって嘘を聞かなかったことにしたかったのに、つい口が滑りそうになった。
「大丈夫。怜己くんの悪口は書かれてないよ」
「そ、そうですか。ならいいです」
よくない。悪口なんてどうでもいい。俺が汐彩の合コンを気にして店に行ったことを告げられるのが怖いのだ。
「だけどカラオケ店が一緒のところだったの、偶然すぎてびっくりしたな~」
偶然すぎて? ホッとした。
よし、いいぞ。そう思っていてくれ。
「ホント、偶然! こんな偶然もあるんですね」
偶然を強調した。
でも逆に怪しくなるか?
「あたし驚いちゃって、つい……」
汐彩は何か言いかけ、小さく首を振った。
「……あのとき、ごめんなさい。びっくりして様子を見にいっちゃった」
「い、いえ」
謝ることじゃないし、先に見にいったのは俺だ。
でもそっか。俺たちの部屋にきたのは、俺の合コンという話が気になったのではなく、単に驚いたからでしかなかった。そりゃそうだろう。それしか理由は考えられない。
「楽しそうだったね、合コン」
きた!!!
「あれは合コンじゃありませんっ」
言えたぞ、言えた。普通に言えた。
ごく自然に誤解を解くことができ……。
んっ? できたのか。いいや、きっとまだだ。
もっとしっかり否定しておくか。
「だって、ほら、柚乃もいましたし。それに酒を飲まない高校生の合コンなんて、本当の合コンっぽくありませんし。今どき大学生ですら、あまり合コンやってないみたいじゃないですか」
「合コンじゃなかったの?」
「はい。そういうの好きじゃありませんから」
汐彩の顔がほんの少し嬉しそうに見えたのは、気のせいだろうか。
まあ、気のせいだろうな。
彼女にはなんの得にもならないことだし。
月曜日の朝――。
キッチンスペースで大騒ぎする汐彩の声が聞こえてきた。
「ご飯炊けてない!」
炊飯器の電源を入れ忘れたらしい。
これまで汐彩は、なぜか炊事関連だけは失敗しない完璧人間だった。ついにドジっ子の本領発揮というわけだ。
「たいした問題じゃありませんよ」
あたふたする汐彩をどうにか落ち着かせようとした。
それにしても……。学校ではクール系美少女で通っている彼女のこんな慌てた顔。これを校内の連中が見たらどう思うだろう? 当然、誰もが可愛いと思うだろうな。
てことで、きょうは弁当ナシとなった。
教室で緋吹茉夏とすれ違った。他校生との食事会は、おとといのことになる。一応、声をかけておこうか。
「土曜日はどうも」
緋吹は会釈すら返さない。チッと舌打ちし、そのまま行ってしまった。
そのようすを見て、蟹沼冬牙が笑う。
「怜己は恨まれたようだな」
「意味わかんねえ。騙し討ちで参加させておきながら、感謝もなく、あの態度」
「仕方ないんじゃね? 合コンをぶち壊したのは、怜己みたいなもんだからな。部外者の田中汐彩さんを追いかけていったのが悪い」
「それだけであの態度かよ。それに合コンじゃない。食事会だろ」
「合コンじゃないって考えるんだったら、別に騙し討ちとまでは言わなくともいいじゃね?」
「いいや。たとえ食事会だろうとも、事前説明もなく他校生が来たんだ。じゅうぶん騙し討ちになる」
「あー、はいはい」
昼休みとなった。
この日、俺だけではなく冬牙も弁当を持ってこなかった。なので柚乃に詫び、二人で学食へ行った。
一人で座るなら空席はいくらでもあるが、二人並んで座れる席となると探すのも苦労する。
「あそこっ、席二つ空いてるぜ」
俺が座ると冬牙も左に座った。
「ああああ!」
右横から甲高い声。
何事かと思い、声の方に向いた。
そこにいたのは、南牧かりんだった。
さっと立ちあがり、こっちに指を向ける。
「ちっ、近寄らないで。しつこすぎっ。わざわざ隣に来るなんて。またナンパじゃないでしょうね。あなたには興味ないの!」
「待ってくれ。誤解だ。お前がここに座ってたなんて、気づかなかっただけだ」
しかし聞いちゃいないようだ。
南牧かりんが仲間たちに言う。
「ここ無理。ストーカーがいるから、他のところで食べようよ」
彼女はあからさまに身震いをして見せると、まるで汚物でも見るような目で俺を睨んだ。
おいおい、ストーカーって。
近くの女子生徒たちがいっせいに立った。南牧かりんの仲間だったようだ。彼女らは全員で六人となるが、そんな大人数で他に座れるところあるのだろうか。まあ、勝手にしてくれ。
俺を見ながら眉をひそめている彼女たち。その中に緋吹茉夏の顔もあった。南牧かりんとクラスは違うが、仲が良かったようだ。どうでもいいことだが。
彼女たちは食器トレイを持ち、立ち去っていった。
「怜己。さっきのって……」
左横から冬牙。
「うちのクラスの緋吹だったな」
「そっちじゃない。南牧かりんちゃんのことだ!」
「やっぱ、そっちか」
「話には聞いてたが、本当に嫌われてたんだな。四天王の一人から嫌われるなんて、怜己、最悪じゃないか」
「そんなニコニコしながら話すなよ」
「ハハハ。まあでも怜己の場合、同じ四天王の老神綺沙さんに親しくしてもらってるのが救いだな」
「親しく……?」
それなんか微妙。
「だろ? すっげえ親しいじゃん。それほどの幸せ、なかなか他にはないぜ。俺も同じく、田中汐彩さんには名前と顔、覚えられてもらってるけどさ」
いいや、親しいのうちに入らないと思うぞ?




