32話 会合③
老神綺沙はロクなことをしやがらない! なんと彼女は汐彩に吹き込んでくれたようだ。この店で俺が合コンしているなどと。
でもこれは合コンじゃなくエセ合コン。いま他校の生徒と一緒にいるのは、緋吹茉夏の騙し討ちなのだ。
老神綺沙にメッセージを返す。
「合コンなんて妄想、どっから湧いて出てきたんですか」
『ちょうど男女の人数が、四対四みたいだったし』
やはり老神綺沙に見られていたようだ。
「誤解です。合コンじゃありません」
『本当かな~』
「本当です。汐彩さんに訂正してください」
『訂正って必要?』
「あたりまえです」
『従弟が合コンしたくらいで、なんとも思わないだろうし』
そうかもしれない。従弟が合コンしようとも、義理の息子が合コンしようとも、「あっそ」の一言で片づけられる話だ。
でも……そんなの嫌だ。
「絶対に訂正してください」
『いいけどさ、あたしが訂正したところで信じるかな』
なるほど確かに。
俺自身で訂正しなきゃならなそうだ。
ガチャッとドアの音。
さっき退室した女子Bが戻ってきたのだ。
ドア前に立つ女子Bの背後に、人影があった。
人影はさっと立ち去った。
女子Bが振り返る。
「いまの人、めっちゃ綺麗……。この部屋、覗いていたようだったけど、どうしたのかな?」
他校生の男子Aも男子Bも、恍惚とした表情で人影を眺めていた。
あの人影、ちらっとしか見えなかったが……。
間違いない。汐彩だ。
でもどうしたのだろう。何故ここに?
あっ! でも、まさか……な。
そう、ありえない。
老神綺沙から合コンの話を聞いたからだなんて。
俺が合コンしてようと、気になるはずもないじゃないか。
ありえないのは承知のうえだ。わかっちゃいる。
ただ……。
気がつけば、立ちあがっていた。
女子Bと入れ替わるように退室する。
足が勝手に汐彩を追いかけていた。
「田中っ」
後ろからの緋吹の声を無視。
汐彩はちょうど廊下の角に消えていくところだった。
その角に俺が到達したときには、彼女の姿は消えていた。彼女たちの部屋はすぐそこ。部屋に戻ったのだ。
追いつかなかったか。
でも……何やってんだ、俺。
そこから引き返し、自分たちの部屋に戻った。
女子Aが首をかしげる。
「さっきの綺麗な人、お知り合い?」
「ああ、ちょっと……学校の先輩」
それ以上は訊いてこなかった。
「モデルさんみたいだったな」
男子Aがつぶやくと、冬牙が自慢そうに――。
「だろ? うちの学校の有名人だぜ。実は俺の知り合いでもある」
冬牙はこっちを向き、ふたたび口を開く。
「てか、怜己。なんの話をしてきたんだ?」
「別に何も。追いつかなかったし」
「じゃあ、もし追いついてたら何を話すつもりだった?」
それは冬牙には関係ないことだ。
「老神さんへの伝言を頼もうと思って。もうイタズラはやめろと」
とりあえず、そういうことにしておいた。
「イタズラ?」
「そう。イタズラ」
マイクの順番が三周目を終えかけた頃、またスマホにメッセージが届いた。老神綺沙からではなかった。柚乃からだった。
スマホを介さずとも直接言えばいいだろ。すぐ近くにいるんだし。
「もうアプローチしてこなくなったね、あの子」
あの子? 女子Aのことを言っているのか。アプローチというのは、たぶん柚乃の誤解だ。女子Aはそういうつもりではなかったのだろう。きっと単にお喋り好きで、俺がたまたま隣にいただけのことだ。
メッセージを無視していると、ふたたび柚乃から着信。
「相手が田中汐彩さんだと勝ち目ないって思われたんだ」
「想像で書くなよ。失礼じゃん」
「そうだね。ごめん」
俺じゃなく女子Aに謝れ。
緋吹主催の食事会が幕を閉じた。
きょうは疲れたので、このあとはまっすぐ帰ることにした。
ところが一人で乗ったはずのバスに、汐彩がいた。もちろん遠い席に座る理由はないので、彼女の隣に腰をかけた。
俺は合コンなんてしてきたつもりはない。
だが、こちらからそれをわざわざ説明するのもヘンな気がする。彼女からしてみれば、俺が合コンしてきたとしてもどうでもいいこと。むしろ微笑ましくさえ思うだろう。だって俺は彼女の夫の連れ子でしかないのだ。
心の中で言い聞かせる――。汐彩は手の届かない存在。結ばれるわけがない存在。既婚者で俺の義母。仮にそうでなくとも、学校内では四天王などと呼ばれている人気者。
けれども誤解されたままなのはモヤモヤする。それって……俺、何かを期待しているのか? だとしたら大馬鹿だ。
バスが走りだしても、特に会話はなかった。
二人でいるときにこれほど沈黙が続くのも珍しい。
汐彩にしたって、どうしてなんの話もしてこないのだろう。
とうとう家に到着。
誤解を解くきっかけを伺い続けたままになっている。カラオケ店のことでも話題にあがったら、それに便乗する形で説明できるのに。
居間のソファーに座る。
ようやく汐彩が口を開いた。
「疲れたね」
「はい……」
テーブルの上で彼女のスマホが振動した。
彼女が画面を確認する。
「あっ、綺沙から」
一読してから、スマホを静かに戻した。
それから笑顔を送ってきた。
「それにしても、あそこのカラオケ店……」
例のカラオケ店の話題になった。
これでやっと誤解を解くチャンスが……。




