29話 少女②
その日の晩、作ってくれた汐彩に感謝しながら、夕食を食べていた。豚の生姜焼き、キャベツの千切り、ポテトサラダ、ご飯と味噌汁。どれも一つ一つが美味しい。
味噌汁を飲み干した。
ふと汐彩と目が合うと、笑顔を送ってきた。
「きょうのお昼休み、女の子と喧嘩でもしたの?」
見られていたのか。そういえば割りと近い場所にいたんだっけ。
きのうのことも含めて、汐彩に説明した。
「なるほどね。怜己くんは普段から女の子に『可愛い』なんて言ってるわけ?」
「言いませんよ。さっき話しましたとおり、八込の歳の離れた妹だと思ったからです。社交辞令でもありましたし、性別に関係ない子供として可愛いらしいと思っただけです」
「ふうん。でも、ああいうキュートな子がタイプだったりする?」
そのとき、なんとなくだが……汐彩が少し拗ねたようにも見えた。いやいや、まさかな。そんなことはあるまい。
「ちょっとタイプじゃありませんね」
あの場にいた酒光には、たぶんド真ん中のストライクだったのだろう。でも俺にはストライクゾーンの枠外だ。
汐彩の問いが続く。
「だったら年上と年下、どっちが好き? それとも同い年がいいのかな」
なんとも答えづらい。本人の前で年上だなんて言えるものか。
汐彩がこっちを見据えながら小首をかしげる。
「ん? どっち?」
煽ってきた。
もちろん早く答えるつもりだ。この手の質問に、じっくり考え込んでいるなどと思われたくない。サラッと即答したい。なのに、うまい返答が思いつかない。
焦りに焦った結果――。
「年上……」
口にしてしまった。本当は、はぐらかすつもりだったのに。とにかくこれはマズい。慌てて言葉を付け加える。
「……っぽい感じかな」
いやいや、ぜんぜん駄目だ。
まったく、ごまかしになっていなかった。
それはそうと、よく考えてみたら年上が好みってわけじゃないんだよな。ただ単に、汐彩が特別なだけだ。もし同い年だったとしても年下だったとしても、きっと憧れを抱いたに決まってる。
「そっちこそ年上と年下、あるいは同い年、どれがタイプなんですか」
少しも反撃になってはいないが、いまの俺には精一杯の返しだった。
汐彩がにっこり笑う。
「あたし既婚者よ」
んぐぐぐ……。
「そうでした」
馬鹿なことを訊いた自分が恥ずかしい。
――同時に、絶対に越えられない分厚い壁を目の前に突きつけられたようで、胸の奥がチクリと痛んだ。
翌日、冬牙が大笑いする。
「アハハハ。四天王の一人、南牧かりんちゃんを怒らせたか。だけど彼女の怒った顔、ちょっと見てみたかったな。可愛かっただろうに」
「冬牙はああいうのが好みなのか?」
「バカ言え。以前、話したはずだぞ。四天王の中じゃ、俺は田中汐彩さん推しなんだと」
「推すだけなら構わないが、くれぐれも本気にはなるなよ」
そう冬牙に言いつつも、実は俺自身に言い聞かせていた。
「うっせ。一応、脈ありなんだ」
ああ、コイツ駄目だ。ならば玉砕されてこい。いや、彼女に迷惑かけないでほしい。
ところで、ふと気になることがあった。
「それにしてもさ。四天王って田中汐彩さん、老神綺沙さん、南牧かりんさん、っているだろ? あとの一人ってどういうヤツなんだ?」
「いない」
冬牙の即答だった。だが意味がわからない。どういうことだ。
「はあ? いないってなんだよ。三人だけか? だったら四天王じゃないじゃん」
「待て待て待て。熱くなるな。そもそも四天王って言葉が飛び交うようになったのは、去年のことだ」
てことは……。
「もしかして、あと一人は卒業したってことか」
「ピンポーン。そのとおり」
「おお! つまり……現在、四天王に一つだけ空きが生じたわけだな」
「「いてっ」」
俺と冬牙にデコピンがきた。柚乃からだ。
「ワザとあたしの名前をあげて、からかうつもりだった。違う?」
柚乃のやつ、心が読めるのか。
冬牙も同じことを思ったらしい。眉間にシワを寄せつつも、おどけたように言う。
「見抜かれたとは! きっ、貴様……いかにして真実へ辿り着いた?」
「何それ。あんたら二人の顔に書いてあったからよ」
「むむむ……その眼力。見事だ、柚乃」
冬牙の痛い冗談はそこまでとして……。柚乃ならば上級生の二人には及ばないにしても、四天王の中で最弱の南牧かりんには勝てるんじゃないのか? そう思うのは、身内を贔屓目で見ているせいかな。




