17話 道草
最寄りのバス停よりも前で、汐彩とともに下車することとなった。
ここからだと約二十分も余計に歩くことになる。いや、汐彩の歩く速さなら三十分以上かかるかもしれない。それでも汐彩との散歩だと思えば、短すぎるくらいだ。
「汐彩さん、散歩とか好きなんですか」
「好きよ」
好きよ――。
耳に響いた言葉が心臓を震えさせた。俺が言われたわけではないのだが。罪な人だ。
しばらく歩いた。
汐彩がある建物に指を向ける。
「見て。あそこのお店」
「カフェ……ですか」
汐彩はゆっくりうなずいた。
「可愛いお店よね。いつもバスの窓から眺めてて。ふふふ。ひそかに狙ってたんだ。でね、きのうポストに、そこのチラシが入ってたの! 春季限定スペシャル・パフェがとっても美味しそうで、何がなんでも行かなきゃって思って」
最寄りのバス停ではないのに降車ボタンを押したのは、どうやらそのためだったようだ。バスの中での浮かれっぷりにも納得した。
若い女の子ばかりの映え系カフェだ。俺一人だったら一生入ることはないだろう。
二人で中に入った。
汐彩は春季限定のナントカというものを注文し、俺はやたら長い名前のケーキを注文した。
「怜己くん。きょろきょろして、どうしかした?」
「こんなところで二人でいるの、誰かに見られたらマズいかな、と思いまして」
「学校から遠いし、知ってる人なんて来ないから大丈夫、大丈夫」
だといいのだが。
もし学校の連中に同居がバレたら大変なことになる。しかもダメージがデカいのは汐彩の方だ。既婚のことを学校に知られたらどうなるだろうか。場合によっては退学だってありそうだ。それなのによく平然としていられるものだ。
「あたしが実家に行ってたとき、うちに遊びにきてた子って、蟹沼くんと庭坂くんだっけ」
「ああ、はい」
庭坂の下の名前が柚乃なのは、敢えて汐彩に伝えていなかった。変な誤解をされたくなかったからだ。もちろん誤解されたところで、何も変わらないのだが。
汐彩はロングスプーンをくわえたまま、首を小さくかたむけた。
「怜己くんといつも一緒にいる女の子はどっち?」
さっき両者を『くん付け』しておきながら、実は片方が女子だと察していたようだ。訊かれなかったら言わないつもりだったが、正直に答えるしかない。嘘はつきたくないのだ。
「庭坂の方です。庭坂柚乃。もう一人が蟹沼冬牙です」
「仲いいんだぁ。もしかして、つきあってるとか? あっ、訊いちゃマズかったかな」
「全然マズくないです。つきあってるなんて、とんでもないです。確かに幼い頃からの親友で、気も合うし、よく遊んでます。けれど……というか、だからこそ異性って目では見ることはないですね」
「でも、あの子……庭坂柚乃さんはモテるでしょ。いいの? 放っておいて」
「モテるといえば、そうかもしれません。実際、何度かコクられたの知ってますんで。だけど柚乃はあまり恋愛とか興味なさそうだし……柚乃の脳みそはほとんどオトコなんです。もちろん悪い意味じゃなくて」
「そうなの?」
「たとえば、こういうおしゃれなカフェには行かないタイプです。そんな素振り、一度も見たことありませんから。きっと味覚もオトコと同じなんでしょうね」
「どうかな。いつも自分より親友を優先してるだけじゃなくて? 女の子が喜びそうな店に入らないのは、怜己くんたちに合わせているだけだったりとか。怜己くんたちのいないときは、こういう店に入っていたりして」
ハッとした。
確かに、柚乃は気配りのできるヤツだ。オトコっぽく振る舞うのも、オトコっぽい遊び場や店を好むのも、俺たちを合わせていたってこともあるのかもしれない。
「なるほど。でも柚乃が誰かと恋愛したり結婚したりとか、ちょっとイメージが湧きづらいですね。これまでそんな想像はしませんでしたから」
いつか、そういう日が来るのだろう。そのときは相手の男性によるかもしれないが、これまでのような関係を続けるのは難しいかもしれない。
俺は続けて言った。
「どうせなら、庭坂柚乃が蟹沼冬牙とつきあって結婚してくれればなって思います。そうなりゃ、きっと俺と三人、ずっと今のような親友のままでいられますから」
「アハハハ。怜己くんの勝手な妄想ね」
「はい。勝手な妄想であり、勝手な願望です」
汐彩はニッコリとうなずいた。
「ふうん。そっか、そっか。カノジョさんじゃなかったんだね。でも一度、怜己くんの大親友二人とちゃんと話がしたいな」
それは無理な話だ。
義理の母だなんて紹介できない。
「どうして俺のダチなんかと?」
「大事な息子の親友のことを、もっとよく知りたいからに決まってるじゃない」
「お……親としてですか?」
「うん、親として」
「それ、かなり難しいですね。下手すれば、いろいろバレちゃいますから」
「そこはうまく頑張ってみてよ。親孝行だと思ってさ」
「親孝行ときましたか」
しかし、ここで汐彩が真顔になった。
視線を落とす。
急にどうしたのだろう?
「ねえ、怜己くん……」
言葉を詰まらせた。
「どうしました?」
「実はね、義理の親子ってことについて……」
ここでスマホが鳴った。
「汐彩さんのスマホからですよ?」
「あ、綺沙だ」
「俺に遠慮せず、電話出てください」
汐彩は合掌のようなポーズで詫び、電話に出た。
そして驚きの声をあげる。
「えっ、今からきらりんカフェに集合?」
きらりんカフェとは、この店の名前だ。
友人たちがここに来るってことか。
汐彩が電話で話を続ける。
「無理よ。家から遠くないといっても忙しいし、今からそこへ行くのは勘弁して。別の日にして」
電話を切った。
「怜己くん。お店、すぐ出よう。綺沙たちがここに向かってるの」
「だったら俺が帰ります。汐彩さんはゆっくりしてってください」
「駄目よ。一緒にお店を出るの」
「そんな……。俺に気を遣わなくても全然大丈夫ですから」
「あたしは大丈夫じゃないの。きょうは親子水入らずの日って決めてたから」
なんだそりゃ。親子水入らずの日って。
俺たちは、とにかく急いで店を出た。




