16話 小鳥
汐彩の鼻歌が聞こえてくる。
昨晩に続き、今朝も機嫌がいいようだ。
「汐彩さん、いいことでもあったんですか」
「うーん、どうかな」
まともな答えは聞けなかった。
満面の笑みで弁当箱を差し出してきた。
俺はありがたく受け取る。
そして玄関を出ようとした。
「待って。バス停まで一緒に行こっ」
「バスをずらして登校することにしたんじゃないですか」
同居していることを周囲にバレないようにするためだ。
「バス停までだから。あたしはそこで一本待って乗るから」
「俺が後のバスに乗りますよ。先に乗ってください」
「だーめ。怜己くんが先に家を出るはずだったんだから、あたしが一本遅らせなくちゃならないの!」
「そこまで言うんでしたら……わかりました」
家から出て二人で歩く。
ヒュンと何かが目の前を過ぎ去った。
「きれいね」
一羽の小鳥だった。舗装された道に降り立った。
「本当に。あの鳥、ハクセキレイですね」
もう一羽、道脇におりてきた。
「番かなぁ」
「でしょうね、きっと」
一羽が走ると、もう一羽も同じ方へと走っていく。だがぴったり寄り添うことはなく、一定の距離があった。
なんだか俺たちとは逆だ。汐彩はすぐ隣を歩いているが、決して番ではないし、この先も番になることもない。非物理的な距離感が存在している。
「あの小鳥たち。あたしたちを見て、同じこと思ってたりして」
ちょっ。心臓が止まりそうになったじゃないか。俺たちが番に見えるかもって! 冗談にしてもいきなり変なことを言わないでほしい。
マズい……俺、いま赤面していたらどうしよう。
なるべく自然に顔を伏せ、車道を眺めるように、やや横を向いた。いま自分がどんな顔をしているのかわからない。だから見られるのが怖かった。
「ははは……まさか」
笑いながら一言返すのがやっとだった。
小さな二羽が仲良く飛び立った。
なんだよ。見せつけてくれやがって。
その日の下校時。
冬牙と柚乃との三人で、途中まで一緒となった。柚乃は自転車を押している。
一羽の小鳥が車道におりた。またもや美しくも可愛らしいハクセキレイだ。反応したのは柚乃だった。
「見て見て、あの小鳥。タタタって走ってる」
「うん、ハクセキレイな。俺、今朝も見たんだ」
そう言えばスズメとかと違って、ぴょんぴょんしているところを見たことがない。
「可愛い。ダチョウみたい!」
おい、柚乃。ダチョウって。走りはするが、なんでそれを連想するんだよ。柚乃らしいと言えば柚乃らしいんだが……。少なくとも汐彩ならば、絶対にそんな発言はなかっただろう。
ちなみに冬牙の言葉はというと……。
「俺、鳥の中で一番好きなのはブロイラーかな」
ハクセキレイを見ながら言わないでくれ。そりゃ、俺もブロイラーは好きだけどさ。
あっという間にバス停に到着。
ここから乗るのは俺だけであり、二人と別れた。
バスが来たので乗車する。
ドアが閉まりかかると、バタバタと足音が聞こえた。ぞろぞろと女子生徒が乗り込んでくる。
「良かった! 間に合った~」
間に合っていなかっただろ。運転手が優しい人だっただけで、普通なら乗車前に閉められていたはずだ。
ただ、その声に聞き覚えが……。
汐彩だった。数人の仲間と一緒だ。
目が合ったので、いつものように瞬きで挨拶。
学校帰りに初めて同じバスに乗ることになった。
バスが走る。
あるバス停で汐彩の仲間が一人おり、また次のバス停でも一人がおりた。彼女の仲間は徐々に少なくなっていき、いよいよ最後の一人がおりた。彼女の仲間はもういない。
ふたたびバスが走り出す。吊り革に掴まっていると、ささっと汐彩が寄ってきた。俺に目隠しする。
「だーれだ?」
何が『だーれだ』なんだか。さっき瞬きの挨拶を交わしたばかりだし、バレバレじゃないか。かと言って無視もできず――。
「汐彩さん」
「あったり~」
これでハズレてたら怖い。
スマホ画面を眺めていると、今度は指先で脇腹をつついてきた。
「なんですか」
「えっ、何が?」
素知らぬ顔で惚けてみせるが、横にいるのは汐彩だけだ。クールな外見に似つかわしくなく……こんなイタズラする人だったのか。
またツンツンしてきた。俺はその指を捕まえた。汐彩がこっちを見あげる。
無邪気な笑顔にドキッとした。心臓に悪い。
「こんなところで、やめてください。誰が見ているかわかりませんから」
「うちの学校の子、もういないから平気平気」
確かに他の乗客たちは高齢者ばかりだ。心配は無用かもしれない。それでも彼女は新たなイタズラをする。最寄りのバス停ではないのに降車ボタンを押したのだ。
「ちょっと。どこで降りる気ですか」
彼女はにっこりと笑うだけだった。
バスが停車する。
「おりよ?」
「ここでですか」
「うん」
そりゃ当然、ブザーを鳴らしたからには下車せざるを得ない。ただ、俺までおりることになるとは。彼女の眩しすぎる笑顔のせいで、拒否はできなかった。
しかし歩くとなると、家までは結構な距離がある。それでも悪くない。いや……正直かなり嬉しかった。




