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15話 交換


 ある日のこと。


 昼休みを告げるチャイムが鳴った。近くの席に座る三膳院と酒光が、互いに顔を合わせてニヤリ。弁当箱を持って立ちあがった。俺はこの男二人を怪しく思い、声をかけてみた。


「目を輝かせちゃって、どこ行くんだ」

「それは言えねえな」


 三膳院が勿体ぶりやがる。

 すると庭坂柚乃が食いさがった。


「教えてくれたっていいじゃん」


 三膳院は指先でこめかみを掻いた。


「屋上。メシ食いにいくんだ」


 柚乃には教えるのかよ。


 俺も屋上で弁当を食べたことがある。だが食べ物で汚した奴がいたとかで、先週から立入禁止になったはずだ。


「あそこ、入れなくなったんじゃ?」


 柚乃が尋ねると、三膳院は笑顔になった。


「実は……。窓の鍵が壊れてて、そこからこっそり入れるんだ」


 柚乃は「ホント?」と声をあげ、俺と蟹沼冬牙に向く。


「屋上、忍び込めるんだったらさ、あたしたちも食べにいこうよ」


 しかし誰よりも早く答えたのは、部外者の三膳院だった。


「そっ、そっ、それがいい。天気もいいことだし、ぜひ拙者どもと一緒にくるでござる……。それにしても庭坂氏、いつも田中氏や蟹沼氏と仲がいいでござるな」


 屋上で食うのが、三膳院たちと一緒ってことになってるぞ? まあ、いいけど。でも、ござるってなんだよ。ナントカ氏ってのもそうだ。普段、コイツはそんな言葉遣いしてねえだろ? それに歩き方も固くてぎこちない。もしかして柚乃を前にしてテンパってるのか?




 屋上にやってきた。


 だが窓の鍵が壊れていることは、多くの生徒に知られていたようだ。結構な数が屋上にきていたのだ。


 三膳院が柚乃の隣に座ろうとする。柚乃はささっと俺と冬牙の間に入ってきた。残念そうな三膳院の顔。その隣に酒光が腰をおろした。


 屋上ではほとんど全員が、小さな集団を作って散らばっている。俺たちの近くに陣取った集団の中に、偶然にも知っている顔があった。汐彩だ。


 こっちに気づいたようだ。

 二人だけの瞬きの挨拶を交わした。


 酒光が三膳院を肘で突く。


「ほら、すぐそこ。四天王の汐彩ちゃん、いるぜ」

「本当でござる。こっち見てたでござるな」


 おい、酒光。ちゃんづけすんな! それと三膳院。お前じゃなく俺を見てたんだ。あと、まだ『ござる』を続けるつもりかよ。


 俺は弁当箱を開けた。美味しそうな匂いが漂ってくる。空腹の身には堪らない。しかも汐彩が作ってくれたものとくれば、空腹じゃなくとも食欲をそそられるってもんだ。


「その卵焼き。あたしの唐揚げと交換しよっ」


 柚乃が無邪気に笑顔を向けている。しかし卵焼きだろうがなんだろうが、それを交換するわけにはいかない。汐彩が作ってくれたものと他人のものじゃ、等価交換になれるわけがない。この弁当のコメ一粒一粒が宝石なんだ。


「悪いが交換するつもりはない」


「なんか、いっつもそうだね」


 不満そうな柚乃に、冬牙が同調する。


「小学校の遠足では、おかず交換し合ってたのにな」


 そんな二人に俺は言ってやる。


「作ってくれた親のことを考えてみろよ。お前らのために心を込めて作ってくれたものだろ? それを他人に食わせたら悲しむぞ」


 つい声が大きくなってしまった。

 しかし柚乃は呆れたように目尻をさげる。


「それはない。うちのお母さんなら、微笑ましいって言うよ」


 うーん。一般的にはそうかもしれない。だが、やっぱり交換するわけにはいかない。


「だとしてもこれは駄目だ。あげられない」


 ここで不意に――。


「一個、も~らいっ」


 背後から襲ってきた手が、俺の卵焼きを掻っ攫った。

 誰だ、この泥棒!! 振り向くと老神綺沙だった。

 また現れやがったか。


 そんな老神綺沙に手を振る者たちがいた。ここから少し離れた場所に陣取っている。汐彩たちのグループだ。


「綺沙、こっちこっち」


「うん、遅くなってごめん。いまそっち行く」


「でも綺沙、その子だーれ?」


「うん、ちょっとね」


 老神綺沙は言葉を濁したのち、卵焼きにかじりついた。


「それ、俺のですよ」


「怖い顔。まるで親の仇でも見てるみたい」


 まさしく親の仇だ。あれは汐彩が作ってくれた卵焼きなんだぞ。


「じゃっ、これ返そっか」


 食べかけを俺の口元に近づける。

 からかいやがって。


「もういりませんよ」


 ここで、右手を高くあげる男がいた。


「拙者、ほしいでござる」


 老神綺沙がチラッと三膳院の顔をうかがう。汚物を見るような目で。そのまま黙って卵焼きを食べた。


「じゃ~またね」


 やっと行ってくれたか。


「た、田中氏!」


 三膳院(ござる)が目を丸くしている。


「なんだよ」

「本当だったでござるな」

「何が」


 ごくりと唾を飲み込み、両手を大きく広げた。


「噂でござる。四天王の一人、老神綺沙殿とつきあっているなどと。まあ、大抵の者どもは否定しているでござるし、拙者もてっきりデマだと思っていたでござった。なのに……」


「なんだ、その噂は? つきあってねえ! それだけは、ぜってぇねえよ」


 ほら見ろ、老神綺沙。変な噂も立ち始めてるっぽいぞ? こっちにゃ、あんまダメージないけど、そっちは株の大暴落じゃないか。


「拙者、いま殺したいぐらいに嫉妬してるでござる」


 老神綺沙とはなんでもないし、三膳院が殺しにくるなら返り討ちにしてやるだけだ。




 夕方、帰宅。


「ただいま」


 すると汐彩がわざわざ玄関まで出迎えにきてくれた。


「おかえりなさい」


 両手を揃えて差しだしてきた。

 なんのポーズだろう。


「はい?」

「お弁当箱っ」


 ああ、それか。


「ありがとうございました。きょうも最高でした!」


 空の弁当箱を手渡した。


 それにしても汐彩は機嫌が良さそうだが……何かあったのだろうか。


「怜己くん。お友達とのおかずの交換、少しぐらいはしてもいいかな」

「あ……っ」


 会話を聞かれていたようだ。


「でも交換するのは、手のかかってないミニトマトとか冷凍食品にしてくれたらって思うな。ううん、やっぱりどれでもいい」


「交換なんてしませんから。俺は全部食べたいんです」


 どれだろうと勿体ない。




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