14話 親友
翌朝の登校中のこと。
「おーい、怜己ぃー!」
校門前で俺の名を呼ぶのは庭坂柚乃だった。
彼女は自転車をおり、隣を歩く。
他愛もない雑談が始まると、ガッチリと肩を組んできた。裏庭の駐輪場までつき合えという意味だろう。まあ、これは男同士の連れションみたいな感覚だ。
駐輪場まで来てみると、上級生の女子集団がトークで盛りあがっていた。
その中にキラリと輝く宝石のようなものを見つける。汐彩だ。一つ前のバスに乗ったはずなのに、まだ教室へ向かわず、こんなところにいたのか。
不意に汐彩がこっちを向きかけた。
いま肩には柚乃の手が乗っている。
俺はそれを弾くように振り払った。
バシッと乾いた音が鳴り、柚乃が目を丸くする。
「は? 何それ。感じワルっ」
「あ、いや。ごめん、今のは……」
言い訳しようとするも言葉に詰まった。
なんで突然、俺は肩組みを拒んだのだろう。
汐彩に見られそうになったからか。
柚乃とのことを誤解されたくなかったからか。
だとしたら何故、汐彩に見られたくなかった?
何故、誤解されたくなかった?
そんなの考えずともわかってるさ。
馬鹿だな。俺自身に呆れてくる。
汐彩は遠い憧れでしかないのに。しかも既婚者だ。それに義理の母だ。柚乃とのことを誤解されようとされまいと、何かが変わることなどないのだ。
「……単に冗談のつもりだった」
「あれが?」
柚乃は不満げに鼻を鳴らしたが、それ以上は責めてこなかった。
並んだ自転車の隙間に、柚乃は自分の自転車を押し込んだ。昇降口へ向かう頃には、俺たちはもうすっかり普通の会話をしていた。彼女が根に持つタイプではないのが救いだった。
三限を終えた休み時間、ぞろぞろと廊下を歩いていた。次の授業が美術なので、クラス全員で美術室へ向かっているところだ。
「ほーら。さっさと歩く!」
柚乃はしがみつくように俺の手を取り、ぐいぐいと引っ張って急かしてくる。次の授業までまだ時間はあるというのに、せっかち過ぎやしないか?
ふと、耳慣れた声が聞こえてきた。
前を向くと、廊下の角から現れた汐彩の姿。
俺は今朝の再現をしてしまった――。
肩に触れる柚乃の手を邪険に振りほどいた。
またやらかしたのだ。
汐彩と目が合った。彼女がゆっくりと瞬きする。本来ならば挨拶として高速二回の瞬きを返すところだ。しかしここでバンっと柚乃に体を押された。
「怜己、今朝からホントなんなの」
「い、いや。ごめん」
直後、俺の頭に何かがポンと触れた。
ふりむけば老神綺沙だった。そのまま俺の頭を撫でる。
汐彩と一緒に歩いていたようだ。
「おやおや」
彼女はそう言ってから耳元に唇を近づけた。
「イトコくんっ」
「ど……どうも」
笑顔で手を振りながら去っていった。
汐彩の後ろ姿とともに。
クラスメイトたちが騒然とする。
俺は注目を浴びていた。
「さっきの、綺沙ちゃんだったよな」
「ああ知ってるぜ、四天王の一人だろ」
「なんで田中怜己のところに?」
「まさか仲が良かったんか」
「おい、いつ知り合ったんだ!」
「ありえねえ。つり合ってねえじゃん」
彼女は四天王と呼ばれているだけあって、やはり有名だったようだ。にしてもお騒がせで迷惑な人だ。
「へへへ。聞いてくれ。俺だって老神綺沙とはちょっと知り合いなんだぜ」
自慢するのは蟹沼冬牙だった。
「お前まで? 嘘つけよ」
「蟹沼の勘違いとか妄想だろ」
「さっき声かけられなかったじゃん」
連中の視線は、冬牙に移っていた。
もしかすると俺を助けてくれたのかもしれない。
「ああ、納得」
柚乃が笑顔を見せた。
俺は首をかしげる。
「納得って?」
「あたしの手を振りほどいたのって、老神さんがいたからだったってこと。彼女に誤解されたくなかったんじゃない? それなりに仲はいいみたいだし」
「いや、そういうんじゃなく……」
「そうそう、今朝のことも思い出した。三年の自転車置き場に女子集団いたっけ、うんうん。その中に老神さんがいたってワケだ」
老神綺沙がいたかどうかはわからない。あのときは汐彩しか目に入らなかったから。
「そういうことじゃない。でも朝のことと今のことは謝りたい……」
「こっちこそゴメンだよ。すぐ気づいてやれなくて」
柚乃の怒りが収まるのなら、そういうことでもいいか。いや、でもスッキリしない。
「聞いてくれないか、柚乃……」
バシッと背中を叩かれた。
「いいから、いいから。とにかく応援するぜっ、怜己」
いいはずがない。それに老神綺沙とのことは、応援してくれなくていい。むしろ応援しないでほしいのだが。
すでに目的地の美術室に到着していた。
さっきまで野郎どもの視線を冬牙が引き受けてくれていたが、また徐々に俺の方へと戻ってきた。それは授業が始まってからも変わることがなく、多くの者がこっちを見て首をかしげていた。
そりゃそうさ。老神綺沙はインパクトが大きすぎる。普通ならば、俺なんかが接点を持っていいはずがない。汐彩がいなければ絶対に知り合うこともなかった。
帰宅した。
すでに汐彩は家にいた。居間のソファーに座っている。
彼女に謝るべきことがあった。
「きょう、ごめんなさい。瞬きの挨拶を返さずに、無視した感じになっちゃいまして」
「ううん。そんなことぐらい気にしなくてもいいから。あたし、コーヒー飲もっと。怜己くんも飲む?」
「はい」
汐彩はソファーから立ちあがり、居間のキッチンスペースへと向かう。
そして背中を見せながら――。
「そういえば、ずいぶん親しそうだったね」
親しそう? 老神綺沙のことだろうか。庭坂柚乃のことだろうか。
柚乃についてはあまり触れたくなかった。なので、そっちじゃない方だと勝手に思うことにした。
「親しいってこともないです。老神さんにはもうからかわないでほしいですね」
「綺沙の方じゃなくて、ほら、腕を組んでた……」
やはり柚乃のことだったか。
「ああ、あれは庭坂柚乃といって、幼馴染なんですけど、中身はオトコで……。あいつ、自分をオトコだと思ってるみたいで、ホントしょうがない奴なんです」
なんで俺、柚乃とはなんともないってアピールしてるんだろう。
なんで柚乃のことをちょっとディスるようなことを言ってるんだろう。
俺は冬牙や柚乃をディスる奴には腹が立つ……なのに、いま俺がやってしまった。自分が嫌になってきた。
「羨ましいな」
「俺が、ですか」
「うん。そういう子がいて」
「羨ましいことでしょうか」
「小中高って、気軽にスキンシップできるような男の子なんていなかったから」
「な、なに言ってるんですか。既婚者のくせに」
「あはは。そうだった」




