11話 来客
五月の連休二日目。
汐彩は実家へ行った。亡くなった叔母のことで、用事が山ほどあるそうだ。
その日、久々にダチが遊びにきていた。
蟹沼冬牙と庭坂柚乃だ。
汐彩はコップやブラシなどを、自分の部屋に隠していってくれた。廊下も居間もトイレも洗面所も大丈夫。彼女のものは一切ない。同居のことは、ダチの二人にバレないはずだ。
ところが、思わぬところから危機が訪れた。
汐彩の持ち物についてではない。
ピンポーン
もしセールスとかだったら面倒だ。しかし近所の人かもしれない。出ないわけにはいかないだろう。うちはインターホン通話できないし。
「ちょっと出てくる」
冬牙と柚乃を居間に残し、玄関へと行った。
ドアを開ける。
はあ!?
俺は一瞬、固まった。
いやいやいやいや、ありえない。
「あっ、キミ! こんにちは」
「こんにちは……。て、どうしてここに!」
そこに立っていたのは、老神綺沙だった。
「あたしが遊びにくること、汐彩から聞いてなかった?」
「それって、明々後日ですよね」
「えっ……」
この人、汐彩並にドジっ子か?
老神綺沙がスマホを確認する。
魂の抜けたような顔になった。
「ホントだ……やっちゃった。あたし間違えて連絡してた」
「生憎、汐彩さんはきょう留守です」
後方から大声があがった。
「老神綺沙さんだ!!」
振り返ると、冬牙が部屋から顔を出していた。
見られた。
老神綺沙に小声で話す。
「俺の友達です。汐彩さんのこと、まだ何も知りません」
「この前いっしょにいた子ね。汐彩のことは話してないのかぁ」
さて、困った。せっかく訪ねてきた汐彩の友人を、そのまま帰すのもなんだし。せめてお茶ぐらいは。冬牙にはどうせ見られたんだし。
「うちに寄ってってください」
「でも悪いよ。お友達が来てるんでしょ」
すると冬牙が近づいてくる。
「構いません、構いません。汚いところですが、ぜひ寄ってってください」
今朝、汐彩が掃除してくれたばかりだ。
それなのに汚いって! お前なあ。
「なら、お言葉に甘えようかな。ショートケーキ買ってきたんだけど、無駄にならずに済みそうだし」
ショートケーキの箱を受け取り、礼を言った。
老神綺沙を部屋に案内する。
「こちらへどうぞ」
部屋の中にいた柚乃が、目を丸くする。
「うわっ、きれいな人!」
冬牙が胸を張る。
「だろ? 校内の有名人だぜ。老神綺沙さんだ」
何故お前が紹介する?
さらにコイツは老神綺沙の正面に座りやがった。
「ファミレスんときも、怜己とは親しそうでしたが、どういう関係なんですか」
老神綺沙はいたずらっぽく笑った。
「どういう関係に見える?」
「まさか……つきあってるとか」
「つきあってるように見えた?」
「ぜんぜんっ見えません。つり合いません!」
悪かったなあ。そりゃ、つり合うわけないさ。
今度は柚乃が尋ねた。
「じゃあ、普通に単なる友達ですか」
「うん。今はまだ、お友達」
ここで俺が口をはさむ。
「今はまだとか言うと、こいつらに誤解されますって」
柚乃が呆れ顔をする。
「誤解されるはずないじゃん。当然、老神さんは冗談で『まだ』って言っただけだし」
くそっ、なんにも言えねえ。
冬牙が首をかしげている。
「でもわかんねえな。家に遊びにくるってことは、そこそこ仲が良い証拠じゃん。そもそも、どうやって知り合ったんだ。接点ないだろ」
そりゃ接点なんてあるものか。彼女は俺じゃなく汐彩の友達なんだ。汐彩とのことは内緒なので、説明に困ってしまう。
「委員会の仕事、手伝ってもらったことがあったんだ。忙しいときにちょうど彼が通りがかって、頭をさげて無理やり引きずり込んじゃったの。だからきょう、お礼にショートケーキ買ってきたってわけ。家にあげてもらうつもりはなかったんだけどね」
ナイス嘘!
「ふうん。まっ、確かに、怜己は面倒見のいいところがあるから……」
おっ。柚乃の中じゃ、俺の評価いいじゃん。
さてと。
ショートケーキの箱をふたたび手に取る。
「これ、老神さんにもらったんで。いま受け皿に載せてきますね。あとコーヒーも淹れてきます」
箱の中を見てみる。
「あれっ、こんなにいっぱい」
「うん。家族構成わからなかったから、一応予備もと思って」
そこで冬牙が言う。
「怜己は一人暮らしですよ。親父さんは海外にいるらしいんで」
「えっ、お母さんは?」
いないが……。
ここで俺は思い出した。
しまった! やらかしてしまった。
俺が老神綺沙に初めて会ったのは、昼休みの体育館だった。汐彩に弁当を渡しにいったときだ。そこで汐彩と一緒に食べようとしているところを、彼女に見られたのだ。
弁当の中身が同じなのがバレて、そこで俺は彼女に嘘をついた。汐彩との関係は従姉弟であり、弁当を作ったのは母だったと。
冬牙が彼女に答える。
「怜己の母親、いないんです」
「そうだったの。ごめんなさい」
じっと俺の顔を見つめる老神綺沙。
こっちこそ嘘ついてて、ごめんなさい。
嘘をついていたことで、彼女と汐彩との間に亀裂が入ったら俺のせいだ。それに汐彩との二人暮らしが、彼女にバレてしまった。汐彩にとってダメージは大きいはずだ。
もちろん冬牙は悪くない。彼は何も知らなかったのだから。すべて俺のせいだ。
彼女は俺の頭を手でポンポンした。
血の気が引いた。
まずい、まずい、まずいことになった。
このようすを眺めながら柚乃が言う。
「ホント、仲いいのね。まるで姉弟みたい」
「うん。姉弟みたいなものよね~」
老神綺沙が顔を近づける。
「は、はい……」
こえーよ、老神綺沙。
ショートケーキとコーヒーの飲食後、彼女は帰ることとなった。
冬牙と柚乃を部屋に残したまま、俺は彼女をバス停まで送ることにした。
玄関を出て二人で歩く。
「きょう汐彩はいなかったけど、楽しかったなぁ」
「何もお構いできませんで……」
「キミのこと、たくさん知ることができた」
「はあ」
「年下の可愛いウソツキくん」
「……」
老神綺沙が顔を覗き込む。
「大丈夫よ。汐彩との二人暮らしのことは、誰にも言わないから。もしあたしがそうだったら、やっぱり嘘とかで誤魔化してただろうし」
とりあえず安心して良さそうだ。
「助かります」
「うふふふ。従姉弟っていうのも嘘だったりして」
「いや、そんなことは……」
「ううん、もう詮索はしない」
バス停に到着。そこでバスを待つのだが、休日ダイヤのため本数が少なかった。
「そうだ。連絡先、交換しようよ」
「えっ、なんでですか」
いろいろイジられそうで怖い。
「だってイトコくん、面白い子なんだもん」
「俺は面白くありませんよ」
「交換、嫌なの?」
「わかりました」
強迫された気分だったが、連絡先を交換した。
「ありがとっ」
「イタ電とかしないでくださいよ」
「うん、善処する♡」
善処って。
約十五分後、バスは彼女を乗せて走っていった。
俺はすぐに汐彩へ電話をかけた。
事情を話し、ひたすら謝った。




