第六十三話 瑞希の日記 1
一月十日
今日は最悪な気分だった。試合に一点差で負けた。憂さ晴らしに入ったカフェで、不思議な女の子に出会った。名前はA・H。艶のある長い髪が印象的。
他の高校の生徒で、私と同じ一年生らしい。
最初は、私のSNSを見てます!なんて、こんな千五百人くらいのフォロワーしかいない私を、まるで大スターみたいな目で見て来てさ。
ちょっと珍しいファンの子だなと思ったけど、聞いたらフォロワーは二万五千人だと言う。
「私のこと、からかってんの?」って聞いたら、
「いえ!あなたは近いうちに絶対にインフルエンサーになってるから!」と言ってきた。
そう言われると悪い気はしなくて。だから、すぐに相互フォローを申し出た。
「顔出しもしてないのに、どうやってそこまでフォロワーを増やしたの?」と逆に私が聞いたら、
「私はこのアプリに相談してやってるよ」と言っていた。
彼女が教えてくれたのは、見たこともないマイナーなAIアプリ。有名なAIサイトよりもずっと詳細なデータに基づいて、「正解」を導き出してくれるらしい。
「無茶なことはやらなくていいよ。ただ、私の言う通りにこのアプリに聞いて、このアプリの提案するステップを踏めばいいだけ」
A・Hのあの淡々とした、でも確信に満ちた声が耳から離れない。
一月十五日
言われたアプリをインストールして、A・Hの言う様に質問して、AIの回答通りに投稿内容を変えてみた。すると驚くほど反応がいい。今まで自分で必死に考えていたのが馬鹿らしくなるくらい、フォロワーが劇的に増えている。さっき見たら、二五〇〇人になっていた。
A・Hが提示するプランは、短時間で、でも確実に私の価値を押し上げてくれる。彼女は私の才能を、誰よりも理解してくれている。ようやく、私の本当の味方を見つけた気がする。
一月三十日
A・Hはあのカフェによく現れる。会う度に彼女は私にフォロワーの増やし方を丁寧に教えてくれる。
おかげで、フォロワーがまたグッと増えて、一気に一万人を超えた。出会ってまだ一カ月も経ってないのに。このままいけば、絶対無理だと思ってた、同じクラスの星崎美愛羅のフォロワーを超えるのも夢じゃないのかも?
学校でも私を見る目が変わってきたのがわかる。「瑞希はすごい、瑞希は特別」。そう思わせるための「正解」を、A・Hが常にくれる。
A・Hは言った。
「私は瑞希ちゃんを完成させてあげる存在だから」って。
嬉しかった。A・Hがいれば、私は無敵になれる。
四月八日
二年生になった初日から最悪。新しいクラスの名簿を見て、吐き気がした。なんで、よりによってあの汐見友香と同じクラスにならなきゃいけないわけ?
中学の時のあの忌々《いまいま》しい絵画コンクールの記憶。あいつの顔を見るたびに、あのバカ親の言葉も一緒にフラッシュバックする。
「有名な美大の講師も呼んで、個人レッスンまでさせたのに。あれだけお金をかけて、どうして結果が出せないの? 銀賞取った子、部活しかやってないって言うじゃない。ハァ……あなたへの投資、全部ドブに捨てたようなものね……」
クソが!
友香……。受賞して、自分は特別だっていうあの「無垢な顔」が本当にイラつく。クラスの連中は私を「女王」みたいに持ち上げてくるけど、あいつが同じ空間にいるだけで、そんな気分も台無しになる。私の完璧な日常が汚される気がしてならない。
部活の終わりにA・Hに連絡して、いつものカフェで相談した。
「あいつがいるだけでイライラして、何も手につかない。どうすればあいつを私の視界から消せるかな?」って。
A・Hは、いつもの冷静な声でこう言った。
「感情的になって直接攻撃するのは三流だよ。彼女の『存在そのもの』を無効化すればいいよ。クラスのSNSグループで、彼女を『いないもの』として扱う空気を作ってみればいいんだよ。その空気は、現実のクラスにも必ず浸透する。誰も触れなければ、この世に存在しないのと同じだから」
なるほど。さすがA・Hだ。直接手を下す必要なんてないんだ。SNSという私の聖域で、あいつを「透明」にしてしまえばいいんだ。
フォロワーが二万人を超えた今、学校でも私の言う事を聞くヤツが圧倒的に増えてきている。
早速、中心メンバーだけの裏グループを作って、A・Hに教わった通りの手順で「空気」を回し始めた。
でも湯沢とか数人が、変に私に気を遣って友香の悪口まで書き込むようになった。それは放っておいたけど、ジャージとか靴を隠そうと画策してるのを見て、それは止めさせた。
ハァ……私の意図がまるでわかってない。そんなことしたら、返って足が付いて自分たちの首を絞めることにもなりかねない。
A・Hに比べたら、悪いけど学校の連中は雑魚だ。
でも、まあいい。準備は整った。友香が一人で、孤独に生きてる姿を想像するだけで、さっきまでのイライラが嘘みたいに消えていく。
六月十五日
マズッた。本当にマズッた。軽い気持ちで書いた一言が、あんなに拡散されるなんて思わなかった。投稿を削除したけれど、通知が止まらない。
画面を開くたびに知らない誰かからの攻撃的な言葉が目に飛び込んできて、心臓がバクバクする。フォロワーも、A・Hのおかげで増やした三万五千人から、じわじわと減り始めている。私の聖域が、見ず知らずの雑魚どもに汚されていくのが耐えられない。
パニックになって、すぐにA・Hに相談した。
「どうしよう。炎上してる。助けて……」
今考えれば、誰かに頼んだところで炎上なんて消えるわけがない。でもA・Hなら……A・Hに頼めば何とかしてくれるんじゃないかという期待もあった。
A・Hは、電話越しでも伝わるくらい冷静で、そして確信に満ちた声で答えた。
「大丈夫だよ。瑞希ちゃんは何も心配しなくていいよ」
私が欲しかった言葉を聞けて、少しだけ安心したけど、現状は何も変わっていない。
「でも、具体的にどうするの?」と聞き返すと、彼女は少しだけ間を置いてから言った。
「一時間くらい待てる?」
「……そんなの、余裕で全然待てるよ」
それから、私がスマホの中で見たものは、信じられないほど異様な光景だった。




