第六話 初戦前のヤケクソ
体育祭当日。いよいよドッジボール大会が始まる。
「じゃあ、行ってくるね!あかり!」
玄関越しに玲があかりに声を掛けた。
「ごめんね。玲ちゃん、大会見に行けなくて……アップデートの調整に手間取っちゃってて……今日一日、それにずっと追われそう」
「いいよ、気にしないで!じゃあ、作戦実行してくる!」
そう言うと玲は学校に向かった。
体育館のコートの隅では、友香が顔を青白くして立ち尽くしていた。
「友香、緊張してる?」
「そりゃ、そうだよ……」
「大丈夫!友香のことは、私たちが絶対に守ってみせるから。ねえ、みんな?」
玲が後ろを振り返ると、そこに田中麻里奈や佐藤めぐみの姿があった。しかし返事は無かった。二人は自分たちのスマホを穴が空くほどじっと見つめている。
「はは、はは……、終わったわ……コレ終わったわ……」
渇いた笑いを発していたのは田中だった。スマホの画面が映し出す、無慈悲な現実にショックを受けているのだ。
「……瑞希のグループチャット、私と佐藤、伊藤と鈴木も、もう退会させられてんだけど……。さらに、ブロックもされてる……。マジかああ!入れてもらうの、めちゃくちゃ苦労したのに!」
田中が震える指で画面を何度も更新させる。しかし結果は変わらない。続いて佐藤も、か細い声で愚痴る。
「私も……さっきギャラリーにいた瑞希の取り巻きたちに、あからさまに指をさされて笑われた。ああ、メンバー交代に失敗したからだあ……。もう、終わりだよ。あっちのグループに戻る余地なんて、どこにも残ってない……」
二人は絶望的な表情で、水谷瑞希たちが陣取る反対側のコートを見つめる。そこから放たれる、かつての仲間たちによる冷ややかな視線と、SNSを通じて一瞬で広まった《《裏切り者》》への嘲笑が、目に見えない刃のように突き刺さっていた。
瑞希の不興を買うことは、「女王」への冒涜であり、この学校での「社会的抹殺」を意味することを、彼女たちは誰よりも知っていた。本来なら、瑞希が嫌っている玲と友香のチームに、自ら進んで入ること自体がありえない。
それでも、玲という「目の前の怪物」に握られた弱みの恐怖が、それを上回っていたのである。
田中はスマホを力任せにポケットにねじ込み、天を仰ぐ。そして歯を食いしばり、自分の両頬を思いっきり引っぱたいた。
「クッソ! クソクソクッソっ!もう、こうなりゃヤケだ!!アタシらが生き残るには勝つしかないんだよ! だよな、雨宮!優勝すれば何かが変わるって言ったの、アレ信じていいんだよな!」
「そりゃもちろん!」
玲がニヤリと笑う。
「じゃあ、見せてやるよ、私の実力を!ここで瑞希たちをブッ潰して、あいつらのプライドも、あの教室のルールも、全部ぶち壊してやる!」
続いて佐藤めぐみも、どこか悟りの境地に達していた。
「このチームに入った時点で、どっちみち詰んでたし。瑞希にも目をつけられちゃったしなあ……。やるしかないか~。あ~もう、せっかく上手く立ち回ってたのに!ハア、とりま覚悟決めるか……」
「おお!ポッピンもシュガーもかっこいいじゃん!」
「その名前を言うな!!」
ヘラヘラ笑う玲に対して、田中と佐藤が同時にハモる。
そして、佐藤は震える手で友香の肩を叩いた。
「いい?汐見! こうなったらもうアンタも私も立場は一緒。とにかくボールが来たら、意地でも逃げるの!雨宮が何考えてるかは知らんけど、あんたが必要だって言うんなら、もうそれに賭けるしかない。 私たちが壁になってあげるから! 優勝して、瑞希の鼻を明かしてやんなきゃ、私たちの居場所は本当に無くなるんだからね!!」
「うん…… わかった!」 友香の力強い返事に、玲は満足げに目を細めた。
瑞希の絶対的な支配を終わらせる。それは、ハンドボール部中心の「最強チーム」を相手にする彼女たちにとって、砂漠の中の針を探すほど確率の低い賭けだ。しかし、玲が醸し出す圧倒的な自信と、追い詰められた彼女たちの「勝つしかない」という狂気が混ざり合い、チームにはかつてない一体感が生まれていた。




