表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/16

第五話 脅迫と裏垢

 放課後、ドッジボールの練習のために体育館の脇に集められた六人の間には、何とも言えない微妙な空気が流れていた。佐藤たちは、決して友香ゆかと目を合わせようとはせず、どこか遠くの星でも見つめるような表情で立ち尽くしている。


 沈黙を破ったのは田中麻里奈たなかまりなだった。彼女は落ち着かない様子で自分の腕をさすりながら、玲の方へ視線を向ける。


「なあ雨宮あまみや汐見しおみの事なんだけどさ。汐見は運動苦手みたいだし、今回のドッジは復帰のルールも無いって言うしさ。今からでも遅くないからメンバー交代の申請しなよ。汐見的にもその方が良くね?ああ、そうだ!バスケ部の大沢なんてどうだ?アイツが入れば、そこそこ良いとこまでいくだろ……」

「お!マリリン、良いこと言うね~!そうだよ、それが一番確実だと思う」


 玲の元お世話係、もとい佐藤めぐみも、同意を求めるようにうなずく。彼女たちの訴えは、一見すると友香への優しさのようにも聞こえたが、友香の排除を前提としているのは明らかだった。


 しかし、玲はそんな彼女たちの提案を笑顔で一蹴いっしゅうした。

「ううん、ダメよ!ダメダメ!友香は絶対に変えない!友香がいなきゃ話にならない。」


 田中も負けじと食らいつく。

「じゃあ、せめて外野がいやだろ!最初から最後まで外野ポジで……その方が汐見だって狙われずに済むし、アタシらも動きやすいんだって!」


 田中が吐き捨てるように言うと、佐藤たちも賛同する視線を玲に向けた。彼女たちの目には、友香への《《配慮》》をよそおった、かたくなな《《拒絶》》が張り付いていた。


 友香はいたたまれなさに肩を落とし、今にも「自分からチームを外れる」と言い出しそうな雰囲気だった。しかし、玲は田中の言葉をさえぎるように、いっそう深く、いつくしむような微笑ほほえみを浮かべて首を振った。


「ううん、ダメ。友香はずっと内野ないや。私の隣にいてもらうから」

「は?ぶっちゃけ邪魔だっつってんだけど! 雨宮!仲良しごっこなら他でしろよ!勝ちたくないわけ?」


 田中の苛立いらだちがピークに達し、ついに本音を爆発させる。それに対し、玲はまるで授業の正解を教える教師のような、落ち着いたトーンで答えた。


「逆だよ逆。私は絶対に優勝したいの。それも、水谷瑞希みずたにみずき完膚かんぷなきまでに叩きつぶしてね」


 一瞬、六人の間を冷たい沈黙が通り抜けた。田中と佐藤は、玲が何を言ったのか理解できないという顔で固まっている。そして友香も、えっ?という表情で玲を見返す。数秒の後、田中が鼻で笑った。


「ハ、ハハ……瑞希を倒す? 冗談キツいって!あいつらハンドボール部のガチ勢だぞ? 勝てるわけないじゃん。それに、もし決勝まで残れたとしてもさ……」

「そうだよ、雨宮」

 佐藤めぐみが田中の言葉を引き継ぎ、さとすような、しかしおびえの混じった声で詰め寄った。


「前にも言ったよね? 瑞希はインフルエンサーなの。うちのクラスだけじゃない、学年中にあいつの取り巻きがいるんだよ。あいつに逆らったら、学校でどうなるか分かってる?」

 佐藤は声をひそめ、周囲を警戒するように言葉を続けた。


「万が一、瑞希を負かしたりしたら、その後が地獄だよ。だから、たとえ決勝に行ったとしても、そこは空気を読んで『忖度そんたく』しなきゃいけないの。同じクラスだしね。優勝なんて、最初から無理な話なんだよ」


 彼女たちの主張は、教室という狭い世界の「生存戦略」としては正しかった。瑞希という太陽に焼かれないためには、彼女の影で大人しくしているのが唯一の正解なのだ。


 そんな田中と佐藤に対し、玲は少し含んだ笑顔を見せ、二人の背後にゆっくりと回り、二人の肩を鷲掴わしづかみする。そして自分に引き寄せ、いつもより低い声でささやく。


「それでも勝ちたいんだよ。ねえ、わかってくれないかなあ?『ポッピンチョ』に『シュガーホープ』?」


 田中と佐藤の顔が、一瞬で真っ青になった。思わずのけぞろうとしたが、玲の力が強くて動けない。まるで心臓を直接掴まれたような、絶望的な焦燥しょうそうがその瞳に浮かんだ。


 近くで聞いていた友香が「ポ……ッピン?」と不思議そうにつぶやくと、今度、田中は顔を真っ赤にしながら、

「そ、その名前を呼ぶな!あんたには関係ないから!」

「え~、田中~?本当に関係ないの~?」


 玲が底意地そこいじ悪い視線を向ける。田中は周囲を気にしながら、悲鳴に近い声を上げた。まるで死刑宣告を受けたかのような悲壮感ひそうかんただよっている。


「わ、わかった!わかったよ!汐見しおみ内野ないや、それでいい……」

「な、なんで……その名前、雨宮が……」

 佐藤めぐみの顔からも、血の気が一気に引いていくのを玲は見逃さない。


 佐藤の震える声と裏腹に、玲はしっとりとつややかな声で返す。

「なんでだろうね~? でもさ、すっごく甘くて素敵な名前じゃない?シュガーホープ。……あ、そうか、『佐藤』で『砂糖』だからシュガー?で、『めぐみ』だからホープ?わっかりやすい!けど、めぐみなら意味的にグレースの方が良いと思うけどなあ、ねえ、どう思う?」


 玲は、残る二人の女子、鈴木と伊藤にも視線を移した。それで十分だった。彼女たちもまた、自分がいつ「次の隠語」で呼ばれるかわからない恐怖に支配され、蛇ににらまれた蛙のように硬直していた。


「わかった……わかったから。汐見……さんが内野でいいから、だからもう、その話はしない、で……ね?」

 暴れ牛をなだめるかの如く、佐藤は細心の注意を払い言葉を選ぶ。


「おお!話が早くて助かる~!みんなもそれでいいよね?」

 玲が聞くと、友香以外の四人が同様に小刻みに肩を震わせて、うなずく。

 玲は、何事もなかったかのように友香の肩を優しく掴み、再び輝くような笑顔を振りまいた。


「あんた達、ずっと瑞希の事ばっか心配してるけどさ。大丈夫、私の計算では優勝さえできれば、今の状況は絶対に変わる!それに、最後にラスボスを倒すのは友香だよ。楽しみだね!」


 玲の問いかけに、佐藤たちは一言も発することができず、ただ人形のように呆然ぼうぜんとするしかなかった。

 友香と、田中・佐藤ら四人、それまで交わることの無い生活を送っていたが、初めて共通して同じ事を思った。それは玲が何を考えているのか全くわからないと言う事だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ