第四話 怒りと報復の狼煙(のろし)
時計を見ると、すでに夕方の五時を回っていた。
「ああ、もうこんな時間だ。今日は楽しかった。ありがと!」
「うん、私も楽しかったよ」
階段を降り玄関を開けると、ちょうど強い雨が降り始めた。
すると友香が傘立てから一本を抜き出した。
「玲、この傘使って」
渡されたのは黒い、やや大きめの傘だった。
「え、いいの?」
「うん、ちょうど余ってた傘なの。男性用だからちょっと大きいかも知れないけど……」
「ううん、あかりと二人だから、すっごい助かるよ!じゃあ学校で返すね」
「あ、いいのいいの!そのまま持ってて、返すのはまたうちに来た時でもいいし。なんなら……捨てても構わないから」
「え?」
玲は少し戸惑ったが、あえて何も言わず、そのまま「じゃあね!」と玄関を出た。
帰り道、あかりと二人になった時、玲は口を開いた。
「あかり、一つ確認なんだけど、友香をいじめる悪役は瑞希で間違い無いの?」
「…………」
あかりが少しの間、目を閉じて沈黙する。
「あかり?」
「あ、ごめん、待たせちゃったね。うん、そうだね。だいたいは友香ちゃんの言った通りで間違い無いと思う……」
「銀賞を取ったのが友香の罪なの?」
「……瑞希ちゃんにとっては、そうなのかもね」
今度は玲が口をつぐむ。しばらく傘に弾ける雨音だけが聞こえてくる。
「意味が分からない」
「そうだね」
「友香は何も悪いことしてない」
「そうだね」
あかりは静かに相槌を打ち続ける。
「可哀想過ぎない?」
「玲ちゃんはどうしたいの?」
あかりが尋ねる。
「友香を助けたい。友香の敵は、私の敵だ……」
「助けるってどうやって?」
「それをこれから考えるんだよ!あかり、どうすればいいと思う?」
「うーん、そうだね……こういうのはどうかな?」
あかりが玲に耳打ちする。玲は傘をクルクルと回し、パッと表情を明るくさせる。
「ナイスアイデア!さすがあかり!」
「それじゃ検討を祈るよ。頑張ってね。玲ちゃん」
玲は一人、ニヤリとほくそ笑んだ。
頭の中では、水谷瑞希という名前が、玲の怒りに静かに根を張り始めていた。
十月になり、体育祭の季節になった。
体育祭では、いくつかのスポーツ種目をクラス対抗で競い合う。チームはクラスごとに参加者を募る形で決まっていく。バレー、バスケット、サッカー。
書記係が黒板に種目を書き出すたびに、あちこちで小声の相談が始まった。
そしてこの学校では六人制ドッジボールにかなり力を入れており、この種目だけ男子の部、女子の部、それぞれ二グループを作ることになっていた。
女子グループを選ぶ際、クラスの「女王」瑞希は仲間と目配せをしながら真っ先に手を挙げた。ハンドボール部のメンバーを中心に、あっという間に一チーム六人の顔ぶれが揃っていく。
——やっぱり来た!
玲は黒板を見ながら、静かに確信した。もう一チームの欄がまだ空白のまま残っている。
「ドッジボール、女子の部は一チーム決まりました。あともう一チームですが……」
クラス委員長の長田の言葉を遮り、玲が颯爽と手を挙げた。
「はい!はい!出ます!私と友香がドッジボール出ます!」
教室中の視線が集まった。
「え?」
友香が振り返り、玲を見たまま固まっている。
——玲、ちょっと待って!私、運動とか全然……。それに私がグループにいると誰も入りたがらない。
と言いたげな顔をしているのがわかった。
玲は「大丈夫」の意味のウインクをする。
「では、二チーム目は雨宮さんと汐見さん、あと四人、出たい人は?」
誰も手を挙げないに決まってる。そして案の定、沈黙が続く。
友香が小さく肩を落としかけた、その時だった。
「……私、出ます」
最初に恐る恐る手を挙げたのは元お世話係の佐藤だった。それに続き、玲を無視した田中、そして鈴木と伊藤という二人の女子が、まるで何かに背中を押されるようにして、顔を強張らせながら加わった。
「女王」瑞希は、手を挙げた一人一人を睨み付ける様に見廻す。しかし、瑞希の方を見返す者は誰一人いなかった。不思議なのは、手を挙げた誰の表情も青ざめていた事だった。
とにかく、これで女子第二チームの六人が揃ったことになった。友香は信じられないという顔で玲を見た。玲は「ほら、言ったでしょ!」とでも言いたげなニヤリを、友香に向けた。




