第三話 私も無視されてる?
「中学の時にね、絵画コンクールがあったんだ。瑞希ちゃん、水谷瑞希って子、知ってる?」
「クラスの、あのグループの中心にいる?」
「そう。中学校の時は仲良かったんだよ、私たち。美術部で一緒に絵を描いたりもしてたし、コンクールも二人で出品したりしてたの」
友香は少し遠くを見るような目をした。
「その時、私は銀賞に選ばれたんだけど、瑞希ちゃんは……落選しちゃったの」
「それで?」
「その事があって、次の日から口を聞いてくれなくなった」
あまりにも淡々とした言い方だった。
「え、それだけで?」
玲が聞き返すと、友香はうなずく。
「それ以来、周りの人からも避けられる様になっちゃって……。それだけが原因じゃないんだけど、結局私は部活辞めちゃってね。そして瑞希ちゃんもしばらくしてからハンドボールの方に行ったの。
その後、高校も同じになって。一年生の時は、別々のクラスだったから特に何もなかったんだけど。二年になってクラス替えで一緒になって、それから、またこんな感じになってる」
「こんな感じって、ずっとあんな事が続いてるってこと?」
「まあ、ね。去年まで仲が良かった子も何人かいたんだけど、だんだん無視される様になっちゃって。たぶん、あのSNSの私への悪口が原因かなって……」
「悪口?」
「その、何て言うか、私が何考えてるかわからない、とか、いつも先生に告げ口してるとか。存在がキモいとか。あと、ヤリマン?だとか何だとか……。二年生になってから急に増え始めて……」
「はああ?何それ!!」
紅潮していく玲の顔とは対照的に、友香の表情の温度は下がっていく。
「ホント、何それだよね……全部ウソだよ、そんなの。でもみんな、信じちゃうんだよね。一番ショックだったのは『あいつと仲良くしているヤツも同類』って書かれてた事。あんなの読んだら誰だって、私と話なんかしたくなくなるよね……」
しばらく、誰も何も言わなかった。あの「お世話係」だった佐藤が言っていた「いろいろ」の意味がわかった気がした。
「前にね、一人だけ『友香の事、絶対信じるよ』って言ってくれた子がいたの。でも、だんだん顔色が悪くなっていって……学校も休みがちになって。ある日を境に、急によそよそしくなって、それきり。あ、そっか……私を庇うとそうなっちゃうんだなって思って……」
玲はぎゅっと膝の上で拳を握った。許せない、という言葉が、喉のすぐ手前まで出かかっていた。
「ねえ、……友香は、怒らないの?」
玲の言葉に、友香は少し困った様な顔を浮かべる。
「うーん、何に怒れば良いかもわからないし……。怒っても私、そんなに怖くないしなあ……。それに、もしも誰かが誰かを嫌わなきゃいけないなら、それは私一人だけでいいの。クラスのみんなが瑞希ちゃんを中心に笑っていられるなら、そのために私が静かにしていればいいかな、なんて」
その諦めにも似た淡々とした声が、玲の胸に刺さった。
「優し……過ぎるよ……」
「でも心配してくれてありがとう。私は大丈夫。うん、誰かに言えてちょっとスッキリしたかも?」
「大変だったね」
あかりが慰める。
「むしろ私が気になるのは玲の方だよ。話しかけてくれるのは嬉しいけど。だんだん玲も私と同じく皆に無視され始めてるでしょ?だから、それが本当に心配なの。それはきっと、私のせいだから……」
友香が玲を不安げな様子で見つめる。
「まだ遅くないから、だから、私とはもう……」
「え?私って無視されてるの?全然気が付かなかった!」
玲がそう言うと、友香は一瞬きょとんとした顔をした。
「え?本当に?」
「ああ、そっかそっか、それで合点がいったわ!昨日もさ、田中っているじゃない?アイツに先生の伝言を伝えにいったらさ。私の方を向かないのよ!聞こえてないのかと思って、私、何度も何度も同じ事を振り向くまで言ってやったの!どんどんボリューム上げてね!そしたらさ、田中『うるさい!聞こえてるよ!』だって!だったら返事しろよ!って話だよね!」
笑っていいやら申し訳ないやら、複雑な表情を見せた友香だったが、結局吹き出した。
「あの廊下での大きい声、玲だったんだ……」
「なるほど、アイツ私を無視してたのね!納得!」
「でも、このまま無視され続けたら玲も嫌じゃないの?」
友香の質問に玲が不思議そうに答える。
「嫌かどうかは私が決める事じゃない?」
友香も玲を見返す。
「……それ、この前も言ってたね?」
「うん。だって自分の事は自分で決める!これ当たり前じゃない?」
玲は笑った。友香も笑った。
「玲は強いな……」
どこか羨望にも似た眼差しを玲に向けた。
「そんな事ないよ、普通だよ!普通!でもさ……」
「うん?」
「もしも友香に無視されたら、その時はめっちゃヘコむかも……?」
「私は無視なんてしないよ。される人の痛みがわかるから」
突然、玲は友香の両肩をがっしりと掴む。
「え?何?どうしたの?」
「私は、すっごく優しい友香と友達になれてすっごく嬉しいし、すっごく楽しい」
「あ、ありがとう……、私も、玲と友達になれて嬉しい。」
友香の目と心の奥に、どこか潤うものがあった。




