第二話 無視される理由
翌朝、玲は教室に入るなり友香の席に真っ直ぐ向かった。
その瞬間、教室の空気がわずかにピリつき、クラスメイト達の視線が一斉に玲に集まった。
お世話係の佐藤がどこか慌てた様子で玲の前に回り込む。
「雨宮、おはよう!昨日の英語の宿題なんだけどさ……」
「あ、ごめん。後で!」
玲は笑ってそう返すと、佐藤の横をすり抜け、そのまま友香の机の前まで歩いていった。
「おはよう!友香!」
一際大きな声。
友香も顔を上げた。一瞬、昨日の続きを思い出したような表情になった。
——なんでこっちに来るの?忠告したのに……
言葉にはしないけれど、その顔がそのまま物語っていた。
「あのさ」玲は構わず続けた。
「ちょっと思ったんだけどさ」
「……何?」
「面倒かどうか、それって私が決める事じゃない?」
友香は少し目を丸くした。そして、心配と不安を含ませた視線を玲に向ける。
「そう……かも知れないけど。でも!」
友香が言い切る前に、玲はそそくさと空いてる席に腰を掛け、彼女の持つ小型のシャープペンシルを指差す。
「あ!それ、すごくかわいい!昨日買ったの?」
その玲のあまりに飄々《ひょうひょう》とした様子に、肩の力が抜け、思わずプッと吹き出す。
「うん」
友香に昨日の帰り道と同じ笑顔が戻ってきた。
それからも、玲は、毎日のように友香に話しかけた。
「わぁ、お弁当おいしそう!」
「え? あ、ありがとう……」
「これ、お母さんが作ってくれたの?」
「ううん、今日は私」
「え!?すごいじゃん!私なんて朝はギリギリまで寝てるから、お弁当なんて絶対作れないよ」
「そんなこと……ないよ」
一瞬だけ言葉を探すように視線を泳がせてから、友香は小さく笑った。
「慣れたら意外と簡単だよ」
「じゃあ今度教えて!」
「あ……うん」
友香は困ったような顔を見せつつも頷いた。
最初の頃は、友香は周りを警戒するような素振りを見せた後、ひと言ふた言で会話を終わらせようとしたが、さらに話題を重ねていく玲に根負けして、気付けば友香もつい笑って話していた。
友香と話すのはいつも楽しかった。だからこそ、玲には不思議でならなかった。こんなに良い子なのに、なぜクラスの連中は、彼女の存在を見ようとしないのだろう。
気付けば「お世話係」だった佐藤も、お役御免とばかりに自分のグループに戻っていった。
体育の班決めで友香が余るよう最初から人数を調整している女子。
廊下ですれ違いざまに小声で何かを言って友香を指さし笑い合う二人組。
友香は気づいていないのか、それとも気づかないふりをしているのか、玲には判断がつかなかった。そんな事があればあるほど、玲は積極的に友香に話しかけた。友香の心からの笑顔は本当にキュートで、嫌われる要素なんて本来一つもないはずだった。
逆に言えば、今、このクラスで友香の良さを知っているのは自分だけなのだ、とも思った。
「ねえ友香、今度家に遊びに行ってもいい?」
ある日の帰り道、唐突に玲が友香に尋ねた。友香は少し考えた後、笑って頷く。
「うん、いいけど……うち、何も無いよ?」
その週の土曜日、友香の家にお邪魔する事になった。
友香の部屋は、彼女の控えめな性格に合った、乱雑な物が一つも無い落ち着いたものだった。
玲は一通り見廻した後、初めてあかりも紹介した。
「こちらは日向あかり。まあ、私の相棒みたいなものかな?」
「あかり……ちゃん?」
「初めまして!ごめんね、私もお邪魔しちゃって!玲ちゃんから話を聞いていて、どうしても友香ちゃんに会いたくって!」
「友香、迷惑だったかな?」
「ううん、そんな事ないよ!あかりちゃん、よろしくね!」
そう言うと友香はぺこりと挨拶をする。
「あのさ、今日、友香の家にお邪魔したのは、学校では聞けない事をちょっと聞きたかったの」
「学校で聞けない事?」
「うん、友香って私から見たら、本当に優しくて親切で性格も良いし、誰の悪口も言わないし、嫌いになる要素なんて一つも見当たらないんだけど」
「……え、そんな。持ち上げすぎだよ。」
友香ははにかんだ後、膝の上に視線を落とした。
「なのに、クラスの子たちが友香に辛く当たってるのを何回も見てて。理由があるなら聞かせてほしいな、って」
しばらく沈黙があった。あかりは無言で友香の反応を待っている。
意を決した様に、しかしためらいがちに友香は口を開いた。
「もし、この話を聞いたら……私のこと、嫌いになるかもしれない。」
「そんなわけないじゃん」
玲は即座に返した。
「ごめんね……」
友香は寂しそうに微笑み、小さく首を振った。
「でも……みんなも、最初はそう言ってくれてた」




