↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/70

第五十五話 糾弾

 友香達がドッジボールに優勝してから、クラスの「女王」水谷瑞希みずたにみずきは一度も出席していなかった。


 その間に、友香の周りに佐藤、田中、玲が集まるのがクラスの新たな風物詩となりつつあった。

 ある日、大会で終始、外野がいやを務めた鈴木絵里子すずきえりこ伊藤姫乃いとうひめのが、おずおずと、しかしどこか晴れやかな顔で友香達に歩み寄って来る。


「友香、あの時のアンダースロー、本当にカッコ良かったよ!」

「あ、ありがとう。鈴木さんも伊藤さんもお疲れ様」

「私たち、友香と一緒に戦えて本当に良かった。また、中学の時みたいにみんなで……」


 彼女たちが友香の肩に手を伸ばそうとした瞬間。鋭いナイフのような視線が割り込んだ。玲だ。


「……何、その『元通りの親友』みたいな顔」


 玲の低く、温度のない声に、二人の動きが凍りつく。玲は友香の前に立ちはだかり、逃げ場を塞ぐように二人を見据みすえた。


「ねえ、鈴木、伊藤。さっき『中学の時みたいに』って言った?面白いこと言うんだね。中学の時、瑞希に睨まれるのが怖くて、真っ先に友香を切り捨てたのは誰だっけ?」

「あ……ちょっと、玲……」

 お祝いムードに、あえて冷や水を浴びせる玲の態度に友香が戸惑う。しかし玲は冷徹に、鈴木と伊藤の反応をうかがっている。


「そ、それは……あの時は瑞希が怖くて、仕方がなかったっていうか……」

 鈴木が震える声で言い訳を口にする。玲はその言葉を鼻で笑い、さらに追い詰めた。


「『仕方がなかった』?それは友香が言うセリフであって、裏切ったあんたたちが使う言葉じゃないよね?

 あんたたちは、瑞希という『女王』に目を付けられたくないから、友香を生贄いけにえにして逃げただけ。

 自分の平穏のために、友達を『透明人間』に仕立て上げたんだよ。そうでしょ?」


 玲は一歩、また一歩、彼女たちに詰め寄る。その瞳には、共に戦った仲間と言う感覚はまるで感じられない。


「『噂は信じてないけど、瑞希に睨まれると困るから』。友香にはそう謝ったんだってね。でも、それって『自分の保身のためなら、あんたが犠牲になっても構わない』って宣言したのと同じだって気づいてる?

 二年生になってからもそう。SNSで根も葉もない噂が流れた時、あんたたちは一度でも『それは嘘だ』って声を上げた?」


「……あ、上げられなかったよ。そんなことしたら、私たちが何をされるか……」

 伊藤が涙目でうつむくが、玲の追及は止まらない。


「そう。あんたたちは、瑞希の作る『空気』に従うのが唯一の正解だと思ってた。ドッジボールだって、私が強制しなきゃ、瑞希に忖度そんたくして、早々に敗退させるつもりだったでしょ?」

「そんなこと……っ!」


 玲の正論は、逃げ道をすべて塞ぐように二人をなじり続けた。彼女たちの顔からは血の気が引き、教室の華やかな喧騒から切り離されたような絶望感が漂う。


「玲……終わった事はもういいん……」

 玲は友香の言葉を途中で制止する。


「友香は優しすぎるから、あんたたちのことを許すかもしれない。でも、私は知ってる。あんたたちが、自分のために友香の存在を消した瞬間を。……友香に触れていいのは、彼女が一番苦しい時に隣にいた人間だけだよ!」


 玲はニヤリともせず、ただ冷酷な「正解」を突きつける。鈴木と伊藤は、自分たちが犯した「裏切り」という罪の重さを、この勝利の歓喜の中であらためて突きつけられ、立ち尽くす。


 それでも鈴木と伊藤は、納得のいかない表情で声を荒らげた。

「……そんなの不公平だよ!それを言ったら、佐藤や田中だって同じじゃない!二人だって瑞希を怖がって、ずっと友香のことを無視してたでしょ!」


 その言葉に、玲の瞳が氷のような冷たさを放つ。彼女はゆっくりと首を振る。

「……全然違う。あの二人とあんたたちは、決定的に違うよ」

 玲は、まず「ポッピン」田中麻里奈たなかまりなに視線を向けた。


「ポッピンはね、私がわざとアウトになった時、なりふり構わず私に詰め寄ってきた。友香を一人残してどうするんだって、本気で怒鳴りつけてきたんだよ」

 玲は思い出す。あの時の田中の目は、勝利への執着以上に、友香を一人にすることへの純粋な危惧に満ちていた。


「彼女はもう、自分の保身なんて忘れてた。本来は仲間思いの優しいヤツだからね。自分のこと以上に、友香が傷つくのを心配したんだ」


 次に玲は、「シュガー」こと佐藤めぐみを見つめた。

「シュガーだってそう。瑞希が友香を狙って、殺意のこもった一撃を放ったあの瞬間……彼女は迷わず友香の前に飛び出した。あの強烈な球を、顔面から受けてまで友香を守り抜いたんだよ。」

 鈴木と伊藤は、息を呑んで佐藤の痛々しい頬を見つめた。


「佐藤は私に言ったよ。『今度はちゃんと守ったからね』って。

 ねえ、瑞希の怒りを一身に受けて、立ち向かえる覚悟が、あんたたちのどこにあるの?」


 玲の声は、静かだが鋭い刃のように二人の心を切り裂いた。

「この二人は、瑞希の支配の恐怖を上書きして、友香のため動いてくれた。

 でもあんたたちは、ただ安全な場所から事態を眺めて、風向きが変わったから戻ってきただけ。

 ……その違いも分からないなら、二度と『友達』なんて言葉を使わないで」


 玲の正論の前に、鈴木と伊藤は一言も返せなかった。

「もう、いいよ……玲、もういいから……」

 友香が玲に懇願するように見つめる。


 伊藤と鈴木が最後の抵抗を試みる。

「ずるい……ずるいよ!優勝したら何かが変わるなんて私達をそそのかしてさ!

 その結果が、仲間に対するこの仕打ちなの?」

「優勝して変わったでしょ?状況」

 玲は何の感情も無く言い放った。


「それに『仲間』、ねえ……。さっきさ。友香に対するSNSの嘘に声を上げられなかったって言ってたけど、そりゃ、言えるワケないよね?


 だってさ……書き込んだ()()()だもんね?」


 鈴木と伊藤の表情に焦りが見え始める。そして、玲は最後に容赦の無いひと言を放った。

「ねえ?『シーバス・チャイルド』に『プリンセス・ウィステリア』!」

 その瞬間、鈴木絵里子と伊藤姫乃の顔は見る見る青ざめていった。


 しかし、それ以上に友香の顔にも驚きが見られた。

 その二つの裏アカの名前の響きには聞き覚えがあった、いや忘れられなかった。


 <シーバス・チャイルド:汐見友香ってヤリマンなんだって!>

 <プリンセス・ウィステリア:あいつと仲良くしているヤツも同類>


 自分を傷つけた最も残酷な言葉。

 まさか、鈴木と伊藤の二人が書き込んでいたとは夢にも思わなかった。

 友香は二人の顔を見た。そこに浮かんでいたのは、自分たちの保身と偽善が完全に剥ぎ取られたことに対する、恐怖と戸惑いだった。


「ち、違うの、友香……!あれは、その、違うの!」

 鈴木絵里子が、引きつった笑みを浮かべながら言い訳を口にしようとする。その瞳は細かく揺れ、額からは冷たい汗が滲み出ている。


「そうだよ、あれは瑞希に……瑞希に逆らうと私たちも同じ目に遭うから、話を合わせるために書いただけなの!本当にそんなこと思ってないの!」


 伊藤姫乃も涙目で必死に言葉を重ねるが、その震える声は、言い訳を重ねれば重ねるほどに醜く歪んで響いた。

 玲はその様子を見てほくそ笑んでいる。


「散々、瑞希の言うまま加担しててさ、いざカーストが崩壊したから、その途端にまた友人のフリをして近づいてくる。……そういうのを、世間では『フレネミー』って呼ぶんだよ。知ってた?」

 鈴木絵里子も伊藤姫乃も何も言い返せず、表情をより青くさせる。それでも必死で友香に何かを訴えようとしている。


 友香は二人を見つめた。自分の胸の奥で、何かが冷たく凍りついていくのがわかった。怒りすら湧かなかった。


 瑞希を恐れていた……。その点については共感する部分もある。

 それでも今、底知れない虚無感と、二人に対する強烈な拒絶感が、友香の全身を支配していく。


「……もう、いいから」

挿絵(By みてみん)

 友香の口から漏れたのは、自分でも驚くほど冷たく、乾いた声だった。鈴木と伊藤が、弾かれたように息を呑んで動きを止める。


「何も言わなくて、いいから……」

 友香にはもう、彼女たちの顔を見る気力すら残っていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。