第五十三話 ラストシュートの裏側
玲が友香にボールを渡したのは、まさに最後の土壇場だった。
体育祭のドッジボール大会、決勝戦。
内野に残った味方チームは玲と友香の二人のみ。しかも、玲は何を思ったのか、瑞希が放った渾身の一撃に対し、まるで意図的にぶつかってアウトになった様にも思えた。
ボールは床で、もの凄い回転を続け、どこかへ飛んで行きそうになるのを玲がしっかり手で抑えた。
そしてゆっくりと起き上がり、ボールを拾い上げ、そっと友香に渡した。
「瑞希は、友香がやっつけるんだ……」
玲からの合図、『あれ』を使えと言う意味だ。
「練習したこと、覚えてるよね?」
玲が最終確認をする。
「うん……」
「じゃあ大丈夫!ぶちかませ、友香!」
親指をグッと上げて、玲はその場を離れた。
ふと向こうの外野を見ると、田中が玲に詰め寄ってるのが見えた。伊藤と鈴木は固唾を呑んでこちらを見つめている。その向こうでは佐藤が祈るように手を合わせていた。
目の前には、同じく最後の一人となったクラスの女王、瑞希が、友香を睨んでいる。しかし、先程まで玲に向けられていた異様な殺気はまるで感じられなかった。
友香はボールを額に当て、しばらく集中した後、自分の思い切りの力をボールに移した。
腰をかがめ、低い姿勢を作る。これが玲が見つけてくれた、自分にとって力を乗せやすい、一番の投げ方。
ボールが指先を離れたとき、今までで一番のベストシュートだと確信した。
瑞希は驚きの表情を見せ、最初はジャンプをしようとしたかに見えたが、急に腰をかがめボールをキャッチする姿勢を見せた。
しかし、ボールは瑞希の手中には収まらず弾くように床へとバウンドしていった。
勝負が決まった瞬間だった。
沸き立つ歓声の中、うずくまる瑞希がボソっと呟いた言葉が聞こえた。
「……助け、られなかった……」
瑞希の声はすぐに歓声に消された。
おそらく、その言葉を聞いたのは一番近かった友香だけだった。
その言葉の意味を問いただそうか迷った。一、二秒考えて、意を決して瑞希に近寄ろうとした瞬間、玲が駆け寄って来て友香を抱きしめた。そして唐突に友香の体ごと持ち上げ、グルグルと回り始めた。
友香は空中で目を回しながらも、生まれて初めて「誰かと共に何かを成し遂げた」という強烈な高揚感と、自分が必要とされた幸福感に震えていた。
回転するほんの一瞬、友香の視線がとらえたもの。
それは、まだ敗北の衝撃から立ち上がれない瑞希の姿だった。
絶対的な女王として君臨していた彼女が、自分の放った一投で地べたに這いつくばっている。
ギャラリーの好奇の視線は、もはや瑞希ではなく「奇跡を起こした友香」へと移っている。仲間達の笑顔に包まれた多幸感の隙間に、ほんの少し、説明のつかない罪悪感が刺さった。
結局、瑞希にあの言葉の真意を聞くことはできなかった……。




