第四十六話 方言
「明星?」
「そう!木に花って書いて”このはな”、明るい星って書いて”あかり”。」
「木花明星、先輩……とても素敵な名前……」
友香が思わずそう呟く。
「いや~、よしてよ!そんな大した名前じゃないよ!いつも名字は“きばな”とか”こばな”とか呼ばれちゃうし、名前も元々の読み方の”明星”を“あかり”って読ませてるしさ。キラキラネームっぽくない感じで、キラキラネームなんだよ、実は!」
「はい!凄く輝いてて、本当に素敵な名前だと思います」
一瞬、明星が「話、通じてる?」と言いたげな顔を見せたが、友香の目が思いの外本気だったので、明星の方が少したじろいだ。
「え、あ、ありがとう。ああ!それと私、見ての通り先輩って柄じゃないし。明星でいいよ!明星で!」
「え、じゃ、じゃあ……明星、さんで」
明星は楽しそうに続ける。
「私さ……良い絵みると興奮して見境なくなっちゃうんだよね!」
「良い絵……?」
「うん!描いててわかんない?すっっっっごい良い絵だよ!」
「あ、ありがとうございます。あの……自分でもよく分からないで描いてるところもあって……」
「うおお、それ天才が良く言うやつじゃん!」
明里の目が、本当に楽しそうに細くなっていた。
木花明星、とても率直な人。きっとお世辞とか、気を遣っているわけでもない。ただ純粋に、目の前の絵が好きだという顔。友香はそう感じた。
「ねえ、名前なんていうの?」
「……二年の汐見友香です」
「汐見友香ね。あれ……?何か、どこかで聞いた事あるような、無いような……。まあいいや、あんたの方がずっと良い名前だよ!」
「いえ……そんな……」
明星との会話は楽しかった。実際には明星の話が大半を占めていたけれど、絵に対する情熱が友香にも熱く伝わってくる。話題は再び友香の絵に戻った。
「ねえ、この子の表情、どうやって描いてるの?この、目だけで全部語ってる感じ」
明里はスケッチブックに顔を近づけたまま言った。
「そんな、大げさな……」
「大げさじゃないって。ほら、ここ。泣かせようって描いてるわけでもないのに、なんか泣きたくなる。なんでこんなの描けるの?」
「……自分でもよく分からなくて」
「ああ、友香の事、ちょっとわかってきたかも。それがいいんだよ。計算で描いてないから刺さるんだ。そのくせ、見る人の目を自然に引きつける構図のバランスが完璧に成り立ってる!
もしも、これを感覚だけで描いてるんだとしたら……これは、尋常じゃない……」
明里がようやく顔を上げた。目が真剣だった。
「友香、あんた、絶対に描き続けた方がいい。美術部でもなく、誰からの師事も仰いでるわけでもないのにこれだけ描けるって、やっぱ天才肌だと思う。本当に」
すごく嬉しくて優しい言葉だった。自分の絵が、誰かにこんなに良い顔をさせている。それに気づいた時、友香は自分でも驚くくらい気持ちが高まっていくのがわかった。
思わず目が潤んでしまう……。
「あ?あれ?どうしたん?どうしたん?ごめん、私、何か悪い事言ったかな?」
「あ、違うんです、違うんです。
明星さんが……
私の絵とば、こったに褒めでけるどは思わねくて……」
言った瞬間「しまった」と思った。話が楽しくて、つい気が緩んでいた。自然と津軽弁が出てしまった。取り繕おうと思ったが、どう取り繕えばいいかもわからず、ただただ顔が熱くなった。
「す、……すみません、方言が」
友香としてはもう帰りたい気分だったが、スケッチブックはまだ明星が持っている。すると、意外にも明星がぱっと顔を光らせた。
「あんだも津軽だんだが(あなたも津軽出身なの?)?」
友香が目を見開く。
「……え、明星さんも?」
「んだよ!どご?私、黒石!!」
思わぬ同郷を発見し、友香の気分も上がる。
「私は、元々は大鰐だったけど弘前にも住んでて、小学校の時にこっちに引っ越してきて……」
ただ、気恥ずかしさもあり、友香はまた標準語に戻した。
「わあ、んだば結構近いじゃん!」
明星の方は津軽弁のまま、屈託なく笑った。
「でも訛りが無いから全然わがんながった。標準語上手いね!私はどうしても訛りが出ちゃう!」
「え、私も明星さんが青森の人だって全然気付かなかった。でも同郷の人がいて嬉しいです!」
友香は、この人と出会えて良かった。心の底からそう思った。




