第四十五話 謎の図書委員
高校二年になって二ヶ月ほどが経った、六月のある日。
友香は、放課後の静まり返った校舎で自分の足跡を必死に辿っていた。
迂闊だった。あれを忘れるなんて、どこかボーっとしていた……
友香にとって、あの小さなスケッチブックは唯一の居場所だった。瑞希たちに『いないもの』として扱われ、教室に居場所を失ってから、学校の誰もいない瞬間を狙ってずっと描き続けてきたものだ。
——誰かが私の鞄を開けて隠したのでは?
一瞬、瑞希たちの取り巻きの顔が浮かび、焦りが生まれる。だが、すぐに首を振る。あのスケッチブックをクラスの前で見せたことは一度もない。
ロッカーに入れている時も常に鍵を掛けている。彼女たちがその存在に気づき、わざわざ盗み出す可能性は低いはずだった。
そして、何かを隠すのは、瑞希のやり口では無い、友香は瞬間的にそう思った。彼女達は、友香を無視する事。それだけを徹底的に遂行している。
万が一でも意図的に友香の物を奪ったり、捨てたりと言うのは、後々に瑞希達にもトラブルとなって返って来る事を知っているのだ。
友香はその点についてだけは、奇妙な形で瑞希を信頼していた。
誰もいない教室、いつもの非常階段、しんと静まりかえった廊下、そしてトイレの個室まで。友香の思い付く限りを探したが、結局最後に辿り着いたのは、放課後の陽光が斜めに差し込む図書室だった。
図書室前の落とし物コーナーに目をやる。鉛筆や消しゴム、ノート、まだ有効期間内の定期券もあった。これを落とした人はどうやって通学してるのだろう?
そんな事を思いながらも、そこに友香のスケッチブックは見当たらなかった。
友香が図書室の中に入ると、本の貸し借りを受け付ける女子の図書委員が一人、ヒマそうに何かを読んで時間を潰している。
友香がぐるりと室内を見廻すと、探していたスケッチブックはすぐに見つかった。
まさに、その女子委員が手に持っているのがそれだった。
いや、持ってるどころか、中身を見ている。
慌てふためいて、受付に駆け寄る。
「それ……私のです……」
しかし、図書委員は何の反応も示さず、ただスケッチブックをじっと眺めている。
友香は少しだけ声を大きくした。
「あの、それ……私のです」
そこでようやく、彼女は目を上げる。
「ああ、ごめん、気付かなかった。本の返却?」
図書委員はニコッと微笑みを返す。しかし、それまでの友香の言葉は聞こえてなかった様だ。
友香は三度、同じ言葉を伝えた。
「いえ、あの、それ……私のです」
しばらく間が空いた。その図書委員は友香が何を言ってるのかわからない、といった様子だったが、急にハッとスケッチブックを見返した後、即座に友香の方に視線を戻した。
「あ、これ!これ?あんたの描いた絵?」
「は、はい……」
初対面なのに、フランク過ぎるこの対応。上級生だろうか?そしてスケッチブックと友香とを、しかめっ面で交互に見比べている。
——なんで、この人、そんなに私を睨んでるんだろう?
女子生徒はようやくスケッチブックから視線を外し、今度は友香をじっと見つめ続ける。そして、数秒の沈黙があった。
「いい!」
「え?」
「いい!あんたの絵、スゴく良いよ!」
図書室にはそぐわない音量が響き渡る。友香は周りを気にしたが、幸い残ってる生徒はいなかった。
「あ……ありがとうございます……」
誰なんだろう?と言う疑問と、絵を見られた恥ずかしさと、そして急に褒められた事で友香は戸惑いを隠せない。
「あんた、美術部じゃないよね?見たことないもん」
「……はい」
「なんで入ってないの?この絵で入らないとか意味わかんない」
友香が口ごもるのを見て、その女子委員はそれ以上は詮索しなかった。
そして突然、椅子からガバっと立ち上がり、友香に顔を近づける。
「ねえ、ところでさ。私のSNSでこの絵、紹介していい?私が特に気に入ったのがこれなんだけど」
そう言うと、女生徒はスケッチブックをまた開き出す。急な展開過ぎて友香が慌てる。少し、彼女の目が怖い……。
「ええ!!あ、あ、やめてください!」
「え?なんで?」
「何と言うか……その、ちょっと、恥ずかしいです……」
前のめりだった図書委員は「あ……」と言って一歩引くように、椅子に腰を下ろす。
「ごめん。名前も知らない人のSNSに投稿されるとか、そりゃ怖いよね。」
女生徒は思い立ったように、手を叩いた。
「とりあえず自己紹介しとくか……。
私、明星!三年の木花明星!」




