第三十五話 最終目的地
「何も?」
「ああ、何も感じない」
玲の胸の中で、何かが浮き沈みする。
「それって、友香には何もないってこと?悪霊に取り憑かれてないってこと?」
「いや……実はそうとも限らない」
「え?」
司は玲に顔を向けて言った。
「この前、言い忘れたんだけどさ。俺が反応しない場合ってのは、二種類あるんだ」
「二種類?」
「そう、一つは霊的な事象じゃない場合。まあ、これは当然だよな。無いものには反応できない。
例えばその人に何か悪い事があったとしても、霊とか関係無く偶々《たまたま》の、まるっきり偶然だったりする。ただめちゃくちゃ運が悪かったですね、みたいな……」
司は淡々と続けた。
「もう一つは、あまりにそいつの残滓が強力すぎる場合だ。
俺の反応できるキャパを超えてると、そこにいても全くわからない。
ごくたまにだけど、そういうのもいるんだ。たぶん、俺の中のセンサーがバカになるんだな、一時的に。」
「じゃあ、どうやってそういう人だって見分けるの?」
「その時は、その人の周りの人をじっくり観察したりする。超強力な残滓に近づいた人は割と不自然な形で、短時間で不運が重なっていくんだ。取り憑かれた本人は何もしてないのに」
玲は友香を再び見つめる。
「友香もそうだと言いたいの?」
司は少し黙り、窓の外へと視線を逃がした。
「そうじゃないと……いいな」
それを聞いて玲もまた黙り、視線を下げる。そして自分の頬を指で押さえ、何とかもう一度言葉を絞り出す。
「もしも、友香が実際、そんな凄い悪霊に取り憑かれてると判明したら、司くんはどうするつもり?」
玲が質問した後、司は目を瞑り、しばらく考える。
「その時は、その時に教えるよ……」
ガタン、と電車が大きく揺れ、次の停車駅のアナウンスが流れ始めた時、友香がようやく下りる気配を見せ始めた。
電車が目的の駅に滑り込むと、友香は迷いのない足取りでホームに降り立ち、改札を抜けて歩き出した。しばらく進むと、彼女の目的地が判明した。そこは、深い森の緑に囲まれた県立美術館だった。
司が意外そうに声を漏らす。
「美術館? ……友香ちゃん、絵を見るためにここまで来たのか?」
「友香が……絵を好きだなんて……聞いた事が、ない……かな」
玲はそう言うと、わずかに視線を逸らした。
「でも鑑賞が目的じゃないとしたら……」
そして、不安な表情を浮かべる。あかりとの一件も消化不良のままだ。
館内は何かの特別展示イベントのせいか、これまでの駅や道中の静けさとは一転して、老若男女の鑑賞客でかなりの賑わいを見せていた。
玲は一切ためらうことなく二名分のチケットを購入し、司に一枚手渡した。
「毎度毎度すみません……」
「これも必要経費。さあ、行こう!」
玲は無機質な表情で告げると、人混みの向こう側に揺れる友香の背中を追い続けた。




