第三十三話 破天荒な追跡
案の定、玲があかりと口論している間に、友香を見失ってしまった。
そびえ立つ木々の密度が、日曜の朝の光も、玲と司の視界をも遮っているのだ。
とりあえず公園を出るが、友香がどっちに行ったのか見当もつかない。
「あ、ヤバい…友香ちゃん見失ったかも?どっちだ?」
司が周囲をキョロキョロ見廻し、戸惑っていると、玲が一歩踏み出し、ある方向に向かった。
「こっち!」
「なんで分かるんだよ?」
司が驚いて聞き返すと、玲は足元の湿った土を見つめたまま答えた。
「友香の靴跡がある」
「く、靴跡?」 司は驚き、玲が「ほら!」と指差す方向を凝視した。言われてみれば、泥の上にうっすらと何かの跡がある、という程度だ。
「え? これ?これが本当に友香ちゃんの靴跡?」
「うん」
玲は確信に満ちた声で即答した。司は、その異常な観察眼に戦慄を覚え、
「名探偵かよ……」と独り言を漏らした。
しかし、数分ほど進んだところ、友香の靴跡はアスファルトの舗装路で唐突に途切れた。
「うわ、今度こそヤバい! どっち行った?」
再び焦る司を余所に、玲は空気を微かに吸い込むような仕草を見せた。
「今度はあっち!」
「え、なんで?」
司の問いに対し、玲は鋭い眼差しで答える。
「友香の匂いが向こうから来てる」
「え……マジで……?」
司が半信半疑で玲の後を付いていくと、通りの向こうに再び見覚えのある輪郭を発見した。
友香だった。司は引きつった笑いを浮かべた。そして、ぼそりと呟いた。
「……犬かよ!」
無事に友香を見つけた玲と司は再び、一定の距離を保ちながら追跡を再開する。
ようやく友香の最初の目的地がわかってきた。そこはもう駅の真ん前だった。
「友香ちゃん、駅に入っていくな」
「うん……」
友香の細い背中が、駅舎の自動ドアの向こうへと吸い込まれていく。日曜日の朝、駅構内はそれほど混み合っておらず、彼女の姿を見失う心配はなさそうだった。
司と玲も、事前に打ち合わせた「十メートルから十五メートル」の距離を慎重に保ちながら、構内へと足を踏み入れた。友香は自動券売機の前で立ち止まっていた。
「……切符、買ってるな。どこまで行くつもりだ?」
司が声を潜めて言った。友香が券売機の画面のどこに触れているのか、この距離からでは判別できない。目的地のボタンを押す指先までは読み取れず、発券機から切符が出てくる乾いた音だけが、微かに聞こえた。
「司くんは、ここで待ってて」
玲は短く告げると、友香が改札へと歩き出すのを見計らって、別の券売機へと歩み寄った。彼女は路線図を一度も見上げることなく、迷わず画面を操作する。
数秒後、戻ってきた玲の手には二枚の切符があった。彼女はそのうちの一枚を、司の手に押し付けるようにして渡した。
「ほら、これ」
司は受け取った切符の印字を見て、思わず目を見開いた。
「えっ……終点? あの、友香ちゃんがそこまで行くとは限らないし……途中の駅で降りられたら、これ、めちゃくちゃ無駄打ちになるけど……」
司は、印字された高額な運賃を指さして、更に驚きを露わにした。しかし、玲は表情を変えることなく、改札を超えた友香の背中を見つめたまま、無機質な声で言い放った。
「いいの、気にしないで。これは友香を救うための、ただの必要経費だから。それよりも霊視続行、お願いね!」
「あ、うん、了解……」
二人は改札を抜け、ホームへと続く階段を上がった。ちょうど滑り込んできた上り列車が、重い金属音を立てて停車する。友香は周囲を警戒するように一度だけ振り返ったが、柱の陰に身を隠した二人の存在には気づかなかった。




