第三十二話 あかり
そこは、街の境界線に張り付くように作られた、敷地の広い、自然のままの公園だった。
玲と司も、友香に続き中に入っていく。中央にある芝生広場とは対照的に、順路の外側はほとんど原生林に近い。
「けっこう木が多いから、距離空いたら見失っちゃうかもな……」
「そうだね、注意していこう」
しばらくすると、友香は古びたベンチに力なく腰を下ろした。そして、スマートフォンを取り出し、耳に当てた。その後、周囲を一度だけ、ひどく怯えた様子で見渡した。
「誰かと電話してる?」
「そうかも……」
「最近、友香ちゃんってまた孤立してるんだろ?」
「うん……私にも……心を開いてくれなくなった……」
玲が寂しげに語る。そして友香の表情もまた、遠目からでも悲壮感に溢れてるのがわかる。
一体誰と話してるのだろう?
「私、ちょっと近くまで行ってくる。司くんはここで霊視してて。」
「え?ちょっと!雨宮さん!バレるって!」
司の制止も聞かず、玲は腰をかがめて原生林の並ぶ、道なき道を極力音を立てずに進む。そしてベンチの後ろから二メートルほどまで近くに寄ると、友香のか細い声がかろうじて聞こえてきた。
「うん……うん……でも、私はもう……自分が自分じゃなくなる様な気がしてる……。私のせいで人が傷ついていく。ううん、私はどうなってもいい。でも、もうこれ以上、友達を巻き込みたくないの」
友達を巻き込みたくない。
玲が今言った友香の言葉を反芻する。
——やっぱり友香は友香だった。あんな態度を取っているのはやはり理由があって、それはきっと私達のためだった。
どこか安堵する気持ちが生まれ、玲は声を上げて泣きそうになるのを我慢する。おそらく瑞希の残滓に蝕まれてる事を自覚してるのかも知れない……。
「うん、あなたの言う通りにする。
だから、せめて……
私の…願いを聞いて欲しい。
あかり……」
友香の口から最も衝撃的な名前が発せられた。玲はあかりを探したが、身近にいなかった。向こうで見ている司の近くにもいない。
やがて友香はベンチから立ちあがり、その場を立ち去っていった。その後、しばらくして司がじっとしている玲を不審に思い近寄ってきたが、それでも玲は動かず、うずくまっていた。
「ちょ、雨宮さん、どうしたんだ?友香ちゃん、見失っちゃうぞ!早く行こう!」
司の横で、あかりが心配そうな目をしている。
「あかり、今……どこにいた?」
玲はあかりを睨み付けた。
「ずっとここにいたよ」
あかりが無表情に答える。
「嘘……いなかったよ!」
「ずっとここにいたよ」
あかりが繰り返す。
「雨宮……さん?どうした?」
司が心配の声を掛ける。
「今、友香は、スマホであかりと話してた!そして、これ以上、友達を巻き込みたくないって言ってた……」
「何の事だかわからないな……」
「友香、あかりに『私の願いを聞いて』って懇願してた!」
「何の事だかわからないな……」
「あかり!友香に何をさせようとしてるの?」
「何の事だかわからないな」
同じ言葉なのに、いつも無機質に近い返答をするのに、
最後だけはどこか感情がこもってる様に玲には感じた。
そして、あかりはそっと立ち去ってしまった。
「あかりっ!!!!」
「雨宮さん!声大きいって!友香ちゃんに気付かれるって!」
司は両手を前に出し、何とか玲をなだめようと必死だ。
ハッと我にかえった様子で、司を見返す。
「ごめん……。そう……そうだよね、友香を追おうか……」
玲は、乱れた髪を両手で整えると、何事もなかったかのようにすっと表情を消した。




