第三十話 尾行開始!
翌日、友香は学校に姿を現した。教室の入り口に立った彼女の顔色はまだ少し青白かったが、その佇まいは、一昨日までとはどこか決定的に異なっていた。
ドッジボール大会以降、友香は健気にクラスメイトたちへ小さく挨拶をしていたのだが、今日は誰の顔も見ようとしない。
その視線が真っ直ぐに玲を捉えた瞬間、言いようのない昏い色が瞳に宿るのを玲は見逃さなかった。
「……おはよう、友香!」
それでも、玲は自分から声を掛けた。まるで一昨日の出来事など、これっぽっちも気にしていないと言う風に、いつも以上に微笑みかけた。
「……おはよう」
友香の声は驚くほど冷たく、平坦だった。生気がなく、他者を突き放すような響き。
玲はそれ以上、友香に話しかけることができなかった。
「あ、友香! オッス!調子はどうだ?」
後ろから、田中が心配そうに友香の肩へと手を伸ばした。
「あんたがまた休んでるからさ、マジで心配してるんだからね」と佐藤も続く。
いつもなら、二人の言葉に、これまでは必ず笑顔を返していた。
だが、今日の友香は違った。
伸ばされた田中の手を、まるで汚いものでも見るかのように、冷ややかに一瞥しただけだった。返事どころか、生返事すら返さない。ただ前だけを向いて、自分の席へと歩いていく。
「え……? 友香……?」
田中が拒絶されたショックに手をそっと引く。佐藤も言葉を失い、凍りついたようにその場に立ち尽くした。
それからも、友香の様子は目に見えておかしくなっていった。
休み時間、かつてなら四人で賑やかに笑い合っていたはずの席で、友香はただじっと机の上の自分の手を見つめている。
田中が「なぁ、友香、次の移動教室さ……」と恐る恐る声をかけても、友香はピクリとも反応しない。聞こえていないのではない。完全に、存在そのものを拒絶するように、頑なに心を閉ざしているのだ。
「……もういいよ、そっとしておこう……」
佐藤がゆっくりと田中の袖を引いた。
「なんか……だんだん酷くなってるな……」
田中のため息交じりの声に、佐藤も頷く。
「うん……でも、あの冷たい態度、どこかで見た感じしない?」
佐藤の問いに、田中もハッと気付く。
「み……瑞希か?」
佐藤は田中の返答には応えず、ただ友香の背中を見つめ続けた。
「これはもう、雨宮と灰島くんに賭けるしかないね……」
二人は諦めたように、重い足取りで教室を去っていった。
友香はまた、以前の様にひとりぼっちのまま、その週を過ごした。
そして、運命の日曜日当日。
朝の光が街を照らし始めた頃、玲は友香の家から二十メートルほど離れた電柱の前に立っていた。スマホを確認すると五時五十五分になっている。
「おはよう、待ち合わせの時間、朝六時って早くね?」
その後、灰島司も欠伸を噛み殺しながらやってきた。服装は、学校の時とは違う、少しよれっとした私服のパーカー姿だ。
「おはよう、司くん……わざわざありがとね。今日はよろしく!」
玲は小さく挨拶をして、ニコっと笑った。灰島の動きが少し止まった。そして玲の私服姿を見て「レアかも……」と呟いた。
「朝早いのは、友香のカレンダーの赤い丸の横に、小さく『7』って書いてあったから。多分、七時過ぎには動くと思って」
「なるほどな、じゃあ遠出になるのかな?」
「さあ、そこまでわからないけど……。あ、それと!なんか私と二人きりだと緊張するとか言ってたから。友達連れてきた」
「え?友達?」
玲がそう言った後、電柱の影から、一人の少女がすっと司の前に躍り出た。
「え?誰?誰?誰?」
「灰島くん!私、日向あかりと言います!玲とはずっと前から友人なの!よろしくね!」
「あかりはちょっと人見知りだから、司くんが来るまで隠れてたんだよ。ね?」
「あ、あかりさんって言うんだ。へえ……」
そう言うと司は肩をすくめ、緊張気味に視線をキョロキョロさせた。
その時だった。友香の家の玄関に動きが見られた。
「しっ!静かに!友香が出る!」
玲は小声で制した。灰島も電柱の影に隠れて様子を見る。
厚着をした私服姿の友香が玄関を出た。
「あ、あれが友香ちゃん?あの子も動画で見た事ある!実物の方が可愛いかも……?」
「かも、じゃなくて友香は可愛いよ!じゃあ、司くん、霊視お願いね!行くよ!」
玲の合図と共に友香の尾行作戦が始まった。




