第二十三話 目覚め、そして……
それから、一週間が経った。
玲は一日も欠かさず病院を訪れた。
学校では、クラス担任の大谷がかなりやつれた顔で教室に現れ、ホームルームで「命の大切さ」を説いたりしたが、その声には明らかに疲れが見えていた。そして瑞希に対していじめられてなかったかを問う緊急アンケートも実施された。
学校側はスクールカウンセラーを配置したり、休み時間の廊下巡回を強化したりといった「心のケア」のポーズを整えることに躍起になっている。
クラスメイトたちが瑞希の死という重苦しい沈黙に包まれているのを余所に、玲は学校が終わると、真っ先にこの病室へと向かった。
青リンゴを剥き、花瓶の花を替え、眠り続ける友香に今日あった出来事を語って聞かせる。それは玲にとって、何物にも代えがたい「二人だけの時間」の様に思えた。
そして、十月も終盤となり、病室が夕焼けに染まり始めた頃の事だった。
玲がいつものように友香の手を握っていると、その指先がぴくりと動いた。
「……友香?」
玲が息を呑み、身を乗り出す。重い瞼が震え、やがて、迷子のような、焦点の定まらない瞳がゆっくりと開かれた。
「……れ、い……?」
今にも消え入りそうな声。けれど、それは紛れもなく玲が待ち焦がれていた瞬間だった。
「そう!私だよ、友香。……もう、大丈夫だよ!」
「ここは?」
「ここは病院!ずっと友香、眠ってたんだよ……」
玲は、この世で最も尊いものに触れるような笑顔で、友香の手を強く握りしめた。窓の外では、夕陽に温められた微風が静かにカーテンを揺らしていた。
それから、さらに一カ月が経過し、友香がようやく学校に姿を現した。
教室の反応は様々だった。田中と佐藤の様に、晴れやかな表情で真っ先に駆け寄った歓迎組も居れば、瑞希の死に納得できず露骨に顔を歪めて視線を逸らす者もいた。
「友香!良かった、やっと戻ってきたんだな」
「本当に心配したんだよ、友香!」
田中と佐藤が、以前よりもずっと明るい顔で友香に駆け寄る。ドッジボール大会での「下剋上」を経て、彼女たちの間には、瑞希の支配下にあった頃には存在しなかった確かな友情が生まれていた。
「……うん。みんな、ありがとう。お見舞いにも来てくれてありがとうね。」
友香は小さく微笑んだが、その顔色はまだどこか青白く。その瞳にもどこか輝きが足りない様に思えた。
「まだ、本調子じゃないんでしょ?とりあえず座りなよ。」
と佐藤が促すと
「そうするね、ありがとう」と友香が言い、席に座りかけた。
その瞬間、玲が驚いて指摘した。
「そこ、友香の席じゃない……」
友香が座ろうとしたのは、生前、瑞希が座っていた席だった。
友香は数秒ほど、じっと考える様子を見せる。
「あ……そう、だね……なんでこの席に座ろうと思ったんだろう?私の席、あっちだもんね……?」
そう言うと、窓際の自分の席へと、どこか頼りなげな足取りで移動する。
「友香……ハハ、お前もボケをかます様になったんだな!ちょっと面白れえじゃん」
田中の乾いた笑い声につられ、何人かがハハと笑ったが、田中自身、少し引き気味なのは明らかだった。
本来の席に座った友香を、田中、佐藤、玲が囲む。
「友香、退院してから体の調子はどう?」
佐藤が、慎重に言葉を選びながら聞いた。
「うん、もう大丈夫。ありがとう」
友香は小さく微笑む。
「肩のヒビは?」
「まだ少し痛いけど、もう普通に動かせるよ。どちらかと言うと背中の傷の方が痛むかな……」
「それじゃ、まだ完治じゃねーな。無理すんなよ」
田中が素っ気なく言うと、友香は「うん、ありがとう」と返した。
「大丈夫だよ、友香。痛いのは今だけだからね。私といればすぐ治るから!」
玲は、普段通りの笑顔で友香の細い肩に手を伸ばした。
しかし、その指先が制服の生地に触れようとした瞬間、
パチンッ!
という乾いた音が教室に響いた。
友香が玲の手を、反射的に払い飛ばしたのだ。
田中、佐藤は驚きに目を見開く。そして玲も何が起きたのか理解できず、唖然として固まった。そして、当の友香本人が驚きを見せていた。
「あ、あれ?……玲、ごめんなさい。何だろう?……手が、勝手に……」
友香は怯えたような顔で自分の右手を見つめ、申し訳無さそうな声で謝罪した。玲は一瞬だけ表情を強張らせたが、すぐにいつもの笑顔を取り戻す。
「いいよ、気にしないで。こっちこそごめん!まだ肩もちゃんと治ってないから、条件反射で防御しちゃったんだよ。きっと!」
「うん……たぶん、そう、なんだと思う。ごめんね、玲」
しかし友香自身、自分の返答に自信を持てずにいた。




